2026年4月10日金曜日

ヒップホップ名盤100

ヒップホップ名盤100/小林雅明

 大阪帰省時にblackbird booksで遭遇してゲトって読んだ。このタイトルに求められる、ある種の普遍性をかなぐり捨てて、著者独自のセレクションと視点で単なるディスクガイドを超越した読み物として圧倒的にオモシロかった。

 日本でもヒップホップが爆発的人気を獲得する中、「一体何から聞けばいいのか」と途方に暮れている人も多いだろう。そうした場面でディスクガイドは機能するわけだが、とりわけ月1000円で音楽が聞き放題のストリーミング時代においては、その効力がかつてより増している。なぜなら、掲載作品を即座に再生できるから。本著を読みながら、クラシックや隠れた名作を聞き返す時間は最高だった。

 アメリカのヒップホップのアルバムから著者が100枚を選び、紹介している本著はディスクガイドと言える。ただし、本著がヒップホップをこれから聞くビギナー向けかといえば、正直なところ難しいかもしれない。というのも、王道は一応抑えてあるものの、玄人志向なチョイスが散見されるからだ。なぜこんなチョイスなのかといえば、定番の名盤情報は今やインターネット上に溢れており、本に頼る必要はないからだろう。それこそ生成AIに細かくプロンプトを与えて、各自のリスニング歴や環境に応じたリストを作ることなんて造作もない。

 となるとディスクガイドをリリースする意義がどこにあるか。それは、アルバムのチョイスとそれに対する視点のユニークさに他ならない。同じラッパーやグループでもどのアルバムを選ぶかで、選者の個性が如実に現れるわけで、本著はその点で雄弁である。DJが「人が作った曲を選んで、かけているだけ」と揶揄されることがあるが、AI時代においては「選ぶこと」自体が大きな意味を持つ。その人固有のコンテキストが重要だからだ。「定番ではない方」を選び、それに対して情報を肉付けしている本著は独自のコンテキストを持ち、日本語圏におけるアメリカのヒップホップに対する理解の促進に大きく貢献している。

 英語が堪能ではないため、リリックや各ラッパーたちの背景について、そこまで知らず、音楽としてかっこいいかどうかの次元でしか聞けていないことを痛感させられた。100枚のうち7割くらいは聞いたことのある作品だったものの、本当の意味で聞けているかと言われれば、言葉を濁さざるを得ないほど、本著に詰まっている情報の密度が高い。

 日本でアメリカのヒップホップが紹介される際、アルバム概略やサウンドデザインが中心で、リリックが深堀りされるケースはそれほど多くない。しかし、本著ではリリックについてライミングまで含めたスタイル、内容が丁寧に紹介されており、各ラッパーの新たな側面を知ることができた。ヒップホップの発祥地であるアメリカには千差万別のスタイルが存在することを、改めて思い知らされた。

 冒頭に「2025年に選ぶのであれば」というエクスキューズがあるが、本著は各アルバムを2025年の視点から捉え直すアーカイブとしても貴重だ。ラッパーの女性に対する視点や陰謀史観は特に顕著で、なかでもLil Kimの早過ぎたフェミニズムのくだりは笑った。 他にもリリース当時の時代背景が紹介されているケースも多い。ネット上の情報を後追いして「当時の空気を知っている」ように振る舞うスタンスが個人的に苦手なのだが、著者は筋金入りのラップ好きであり、その点でも信頼できる。年の功がなせるリアルがあった。

 100枚のセレクションの合間に挟まれたコラムも読み応えがあった。特に2010年代に関するコラムで紹介されていたChief Kief「I Don’t Like」がもたらした、数文字の脚韻のみで押し切るスタイルは、近年の日本語ラップでも顕著になっており、その源流について知ることができて勉強になった。『ミックステープ文化論』を執筆した著者だからこその視点が光るコラムも興味深い。実際、ミックステープが多く選ばれていることは本著の大きな特徴と言えるだろう。2000〜2010年代にインターネット上で無料ダウンロードできたミックステープ文化はモロに世代なのだが、2000年代前半の作品は聞いたことのない作品が多かった。なおかつ最近はミックステープがストリーミングで解放されているし、去年のMetro Boominによるミクステなど、環境やタイミングが整っていることもあいまって今ミックステープを取り上げるのはベストタイミングと言えるだろう。これを機にディグってみたい。

 ここまで刺激的なディスクガイドはなかなかネット上では出会えないと思うので、ヒップホップ大好きな人たちには超推奨な一冊だし、『ミックステープ文化論』も読んでみたい。