2025年8月1日金曜日

対馬の海に沈む

対馬の海に沈む/窪田新之助

 2024年の開高健ノンフィクション大賞受賞作。ずっと気になっていたが、Kindleでセールになっていたのを機に読んだ。導入からエンディングまで、まるで優れた推理小説を読んでいるかのようで、ページをめくる手が止まらなかった。離島で起きた事件から日本社会の歪みを浮き彫りにしていく著者の手腕は圧巻だった。

 舞台は長崎県・対馬。JA対馬の従業員が不可解な死を遂げる。彼は優秀な営業マンとして知られていたが、その裏には金融商品をめぐる不正があった…そんなイントロダクションから物語は始まる。この時点で面白いことは確定しているかのようで、著者はジャーナリストとして粘り強く取材を重ね、事件の全貌を少しずつ明らかにしていく。その過程が丁寧に描かれており、読者は著者とともに謎を解き明かしていく感覚を味わえる。

 驚かされたのは、「農業」という素朴なイメージとは裏腹に、JAが共済をはじめとした金融商品の販売において従業員に過大なノルマを課していることだ。そのノルマが不正の温床となり、従業員を追い詰める。JAは想像以上に複雑な組織構造で、パッと読んで理解できるような代物ではない。しかし、著者はもともとJAの媒体出身というバックグラウンドを生かし、平易な言葉で懇切丁寧に解きほぐしてくれる。そして、従来型の日本的組織がいかにして歪んだモンスターを生み出してしまったのかを明らかにしていた。

 本著が圧巻なのは、わかりやすい悪党について取材で徹底的にあきらかにしたあと、その過程で読者がうっすらと思っていた疑問について、最後の最後で刺してくところである。旧態依然とした日本社会の縮図のような寓話的エンディングに、狐につままれたような気持ちになった。持ちつ持たれつの互助社会は利害関係が一致しているときだけ機能し、問題が起これば一人に責任を押し付けて「トカゲのしっぽ切り」で終わらせて、全員は知らん顔していることが怖い。しかも、それが都心部で起こるならまだしも、人口がそれほど多くない対馬のような比較的閉鎖空間で起こっていることが恐ろしい。閉鎖空間ゆえに誰も見てないし、気づかないから大丈夫でしょ的なマインドなのだろうか。そんな状況と、初期の段階から不正を告発していた人物の人生がオーバーラップして胸を締めつけられるようだった。

 組織には目に見えないルールや空気があり、それにうまく馴染めるかどうかが、生き残るための重要なスキルになる。本著は、日本人が集団になるとどうしても顔を出す「村社会」の性質が、強烈な形で表れた様子を克明に描いている。読んでいると、自分自身が組織でどう立ち振る舞うべきかを考えずにはいられなかった。