2024年1月15日月曜日

一私小説書きの独語

一私小説書きの独語/西村賢太

 個人的な西村賢太ブームが続いておりエッセイを読んでみた。自分語りと雑誌に掲載されたエッセイ、文庫あとがきなど色んな形態の文章がまとまった幕の内弁当みたいな1冊だった。日記の方が好きかも。

 読みどころとしては前半の自分語りだと思う。私小説を書いているので、ほぼ全作品で自分語りしているといえば間違いではないが、冒頭でそのラインは明確にしている。つまり、私小説はすべて真実なわけではなく脚色していると。その前提を置いた上で自分がどういう人生だったか語り始めるのだけど、まぁ当然オモシロい。我々が小説で読んでいる主人公の北町貫多を地でいっているのだから。端的に言えば「クズ」なんだけど著者のチャーミングな文体でいい感じにごまかされている。中学卒業してすぐに独立しているからとはいえ結構目に余る言動が多い。特に家族への暴力のくだりは辛いものがあった。

 自分語りをしてしまうことで小説のネタが切れることに気づき途中から過去のエッセイや文庫に寄せたあとがきなどが続く。政治的内容も披露されており、橋下徹には懐疑的で納得したが、石原慎太郎を尊敬していることもあり右曲がりのダンディっぷりが見て取れた。自分の政治的な態度の違いと本のオモシロさは直接関係ないと思える数少ない作家かもしれない。

 あと愉快だったのは映画版『苦役列車』に対する論評。ひたすらこき下ろしまくっていて、特に主人公の対人関係のあり方に対する懐疑的な見解が興味深かった。具体的には中卒で社会に出て人足の仕事をこなす日々において、映画ではコミュ障のようにおどおどした表現になっているが実際は逆で人一倍他人の顔色を窺い人懐こく振る舞う必要があったらしい。現代の感覚だと映画監督のアプローチが正しい気がするものの、それがどうしても許せないのか散々書きまくっている。好きな映画の一つなのでビックリしたけど、酷評がプロモーションになっているような気もした。実際再見したい。解説の木内昇氏のコメントが彼の優れた点を言語化していると思えたので引用。今は日記の3冊目を読んでいます。

「感覚を表す」という文章において至極難解なことを、さらりとやってのけているところに、氏の小説の凄みと妙味があるのだ。

2024年1月13日土曜日

帰りたい

帰りたい/カミーラ・シャムジー

 ポッドキャストで友人が2023年読んだ中のベストとして紹介してくれたので読んだ。確かにこれはベスト級!と唸らざるを得ないエンタメとしてのオモシロさがあった。さらにイギリスのムスリム社会に関する群像劇から見えてくる現実が単純なエンタメではなく物語を分厚くしている。つまり勉強にもなるしエンタメとしても抜群なので読み手を選ばず薦めたくなる作品だった。

 合計5人のムスリム系イギリス人の視点で語られる構成になっており、読ませる展開の連続でページをめくる手がとにかく止まらない。訳者あとがきにもあったが冒頭が物語の根幹をなす大きなインパクトを持っていると感じた。具体的には博士号取得のために US へ渡米しようとすると、空港で厳しい取り調べを受けて予定していた飛行機に乗れないという展開。彼女を待つことなく飛行機が飛び立ってしまう現実はにただただ驚くしかないし社会から取り残されている状況の隠喩であるとも言える。これを筆頭にムスリムに対する社会的な圧力が厳しい状況が物語内にちりばめられている。

 一番大きな事件としては若い男の子がIS に入隊し悲劇を迎えるというプロットがある。これを軸にイギリスにおけるムスリム社会の在り方をグイグイと問うていく流れが圧巻だった。もっと広く解釈すれば「過ちをおかしたもの」に対する態度のあり方とも言える。人の懲罰願望がSNSで可視化される社会において、どうやって罪と対峙していくのか考えさせられた。もっとも短絡的な解決を求めるのが政治家だというのはキツいアイロニーだし、家族をスケープゴートにした報いとして残酷すぎるエンディングを迎えるのも示唆的に感じた。

このように複数の視点で描き分けていくことで思想の差異が浮き彫りになり、そのすれ違いを 物語に落とし込む筆致が素晴らしい。十把一絡げに「ムスリム」と言ってもグラデーションがあることがよく分かるし、生身の人間を感じさせられながら物語は映画のようにドライブする。だからこそ馴染みのないイスラム教という概念が説教臭さゼロで頭に入ってきた。

 家族も大きなテーマになっていて、親の行いに影響される子どもたちという観点がある。政治家とジハード戦士という相反する親を設定し各自の抱える困難を描いている点が秀逸だった。どっちが良いかではなく、どっちも辛いという話になっているので、現状維持よりも互いに歩み寄る必要性を暗に伝えたいのだと思う。

 イギリスでは二重国籍が認められているが、それでも移民がイギリス国籍を持つことに良く思っていない層が一定数いて、その排外主義なムードはどこの世界でも共通なムードだろう。それは日本も例外ではなく他人事ではない。だからこそ、こういった本を読み多角的な視点で物事を捉える力が必要な時代だと思う。

2024年1月11日木曜日

「その日暮らし」の人類学 もう一つの資本主義経済

その日暮らし」の人類学 もう一つの資本主義経済/小川さやか

 同著者の『チョンキンマンションのボスは知っている』が以前から気になっている中で先に新書を読んでみた。日本という枠組みで生きていると絶対に気づくことができない視座の連続。これぞ読書の醍醐味という感じで興味深かった。我々の当たり前が当たり前ではない世界から学ぶことがたくさんあるなぁと感じた。

 文化人類学者である著者がフィールドワークを含め研究してきたタンザニアの商売の状況を中心に「その日暮らし」=Living for todayをキーワードにして様々な論点を解説してくれている。具体的な仕事の中身もさることながら、仕事をする上での価値観や仕事の在り方が現状の資本主義社会と大きく異なり、そこがもっとも興味深い。たとえば時間の感覚。私たちは来たるべき未来に向けて備えるために現在を犠牲にすること(ローン、貯金など)が往々にしてあるが、彼らは1日をどう生きていくかに焦点をおく。つまり未来のことはほとんど考えないし、不安定であることを不安に思わず、場当たり的な対応を繰り返す。あらかじめ計画し生産性や効率性を追い求める社会に生きているので違和感しかないのだけども、社会全体が暗黙のうちにコンセンサスが取れているのであれば、弾力性のある社会が形成されることを知れた。と同時に社会が硬直していることが日本の今の息苦しさの要因だとも感じた。もっと思いつきとかノリでやれることを増やしていきたい。(隣の芝生が青く見えているだけかもしれないが…)

 また近年話題の負債論についてもタンザニアの事例から、負債を負債として取り扱わずに誰もがお互いに「借り」があると感じながら支え合う話に納得した。日本で金銭の貸し借りについて、タンザニアほどラディカルな考え方を持つことは難しいと思う一方、電車や公園などの公共空間ではお互いに「借り」があるという認識を持てれば少しは生きやすくなるのでは?と思う。信頼の概念は従来の資本主義社会の中でも変えていけるのではないかという希望を持ちたい。この言葉とかかっけぇっす。

「俺たちが困難なときに頼りにするのは、仲間の人間性( utu)だ。なぜなら、困ったときに『貸してくれ』と頼ることができる友とは、同じく困ったときに頼ることができる仲間がたくさんいる人だ。たくさんの仲間に助けてもらえる人間がいい友であることは、昔から変わらぬ事実だ」

コピー商品を中国から輸入してアフリカで販売するというビジネスの流れについて細かく解説されており、その話題の中心にあるのが香港にあるチョンキンマンション。その有象無象っぷりが未知のこと過ぎてめちゃくちゃオモシロかった。なので『チョンキンマンションのボスは知っている』も早々に読みたい。

2024年1月5日金曜日

怪物に出会った日

怪物に出会った日/森合正範

 こないだの井上尚弥の試合の日に大阪の先輩がインスタでポストしていたのを見て読んだ。子どもの頃からプロレス、総合格闘技に慣れ親しんでいたこともあり、スポーツとしてのボクシングに対してどうも引け目を感じてしまうのだが、リング上で対峙するという意味では同じ格闘技だなと本著を読んで思い知った。なんならボクシングの方がロジカル性が高くボクシングの方が好きかも思わされるくらい。そして本著が目標としている井上尚弥の強さを多角的に理解できる素晴らしい本だった。

 ここ5年くらいで井上尚弥という存在は自分のようなニワカボクシングファンにまで轟くようになったと思う。それを成し遂げたのはメディアへの露出や流行りのSNS上での煽りなどではなく「めちゃくちゃ強い」という現代では型破りな存在だ。著者はボクシングの記者として井上尚弥の強さを本当に表現できているのか?という自問自答にぶち当たる。そこで井上の来歴を評伝形式で追いかけるのではなく井上と戦った敗者から話を聞くと言う手法を選んだ。この視点がとてもユニークでオモシロさに拍車をかけていると感じた。音楽やアートなどの場合、各人の来歴が表現にどのような影響を与えたかが大きなファクターだろう。しかしボクシングの試合は1人ではできない。対戦相手との2人で「試合」という表現を行う。こういった観点で考えれば、敗者にインタビューするというのは自然な流れにも思えるが、ボクサーたちに負けた試合の話を聞く難しさがある。著者はボクシングに対する真摯な姿勢で、そのハードルを一生懸命乗り越えているんだろうなと感じさせるほどに皆が口々に井上の強さを語っている点が印象的だった。

 ボクシングにおいて強い選手に何が備わっているのかと言われれば、天性のパワーとスピードなのかな?とボンヤリ思っていたけど、海外の選手たちが一様に規律と節制の重要性を説いていることが意外だった。ボクシングは試合自体は派手に見えるけども、そこにたどり着くまでには反復練習、減量といった地味で辛い作業を経ていることに改めて気付かされた。

 敗者から見た井上のパワー、スピード、ボクシングIQに関するエピソードが特に多い。すべてがトップクラスであることは間違いないが、各試合で出力あげていただろう彼の能力について敗者の視点から詳しく説明されている点が興味深かった。個人的には最も井上と拳を交わした黒田雅之選手の章が一番グッときた。スポットライトの当たらないところで強さを追い求める姿勢はアンダードッグ的な物語で最高。すべては以下のラインに凝縮されており、まだまだ井上が勝ち続ける時代は続くはずなので、なるべく自分の眼に焼き付けていきたい。

敗者は勝者に夢を託し、勝者は何も語らず敗者の人生を背負って闘う。

2024年1月4日木曜日

ダーリンはネトウヨ

ダーリンはネトウヨ/クー・ジャイン

 MOMENT JOONが解説を書いていると知ったこと、最近聞いている海外漫画のポッドキャストでプッシュされていたので読んだ。女性の韓国人留学生が日本の大学で過ごした様子を漫画にしたもので、タイトルのとおり当時の彼氏の言動の数々を中心にした悲喜交々な話だった。マイクロアグレッションのエピソードがたくさん入っていてマジョリティな日本人としては胸が痛かった。

 こういった差別に言及する本の場合、ゴリゴリの排外主義者を主題にして彼らの異常な言動を取り上げたものはよく見かける。本著はそれと真逆で、著者と付き合っている彼氏が著者に対して差別的な言動を繰り返していたという話。つまり敵意丸出しというよりも愛情に包まれた哀情といえばいいのか、複雑な構造の感情が描かれている。正直、彼氏に対してはそこらの排外主義者よりもタチの悪さを感じた。(排外主義うんぬんよりも彼氏自身のクリーピーさもあると思うが)排外主義者は自身の攻撃性に自覚的だが、マイクロアグレッションしている側はこんなに無自覚なのかと。こうやって他人を責めるのは簡単なのだが、それは読者に対してブーメランのように迫ってくる。一番顕著な例は「日本語が上手ですね」というフレーズ。日本語を話せる海外からきた旅行者や留学生に言ったことがない日本人の方が少ないと思う。実際、MOMENTも同様の主張を随分昔からしていたけど当時は何が問題なのか理解できていなかった。本著ではそれについて明快に解説されている。このエピソードに象徴されるように、そして「外」国人という言葉が示すように日本人とその他というライン引きが色んな場面で行われていることに気づかされた。加えて留学生に限らない日本社会に蔓延る「普通」との戦いが大学、就活などのエピソードからビシバシ伝わってきた。社会制度や共通認識を今すぐ変えるのが難しいとしても個人の態度や考えは今すぐにでも改めることができる。それはMOMENTが解説しているとおりの「成長」なくしてあり得ない。自身の認識に対するリトマス紙のような働きをする漫画だと思うので、たくさん読まれてほしい。

2023年12月 第4週

Only Built 4 Human Links by MOMENT JOON & Fisong

 次のアルバムを最後に引退宣言していたMOMENTが新たにレーベルを立ち上げ若手のFisongというラッパーとコラボしたアルバムがリリース。『Passport & Galson』は彼がどこからきてどこへ向かうのか、それがハイコンテキストなアルバムという形でリリースされたのとは対照的で、本作はミックステープ量産時代を彷彿とさせるラップマシーンとしての魅力がふんだんに詰まっていて感動した。イケてるビートを選んでいかにかっこよくラップできるか?このコンペティションに再エントリーしてきた感じといえば伝わりやすいか…Watsonのリリシズムがもてはやされるのであれば、MOMENTのリリシズムの偏差値の高さも同じく評価されるべきだと思う。そして、MOMENTを再びこのモードへ引き摺り込んだFisongというラッパーが本当にかっこいい。彼は在日韓国人らしく、日本語、英語、韓国語の三言語を巧みに駆使してラップを構築している。音としての韓国ヒップホップに魅了されている身からすると、彼のリリックのバランスがめちゃくちゃハマった。韓国語のパーカッシブ性を活用してフローで魅せていきつつ日本語では意味を求めていく。1曲目でKhundi Panda & JUSTHISの”뿌리からリリックを引用してきたところでガンフィンガー立てまくり。(そして、この曲はMOMENTもビートジャックしている)前半はハードモード、ボースティングで攻めまくりつつ後半はメロウな展開になっていくのがジャケからすると意外。そしてラストの”Light”で大団円を迎える形はやはりアルバムというフォーマットでしか味わえない感動があった。(ここにちゃんとスクラッチを入れている点に彼らのヒップホップへの愛を強く感じた。)韓国を別のベクトルでルーツとして持ちながら日本でヒップホップをかますこと、2人だからこそできるアルバムになっていたので最高だった。タイトルはRakewonの1stアルバムからもじっているけど、その背景とか知りたいところ。好きな曲は複雑な気持ちになるけど、やっぱり”Robbin’ Time”

Hall & Nash 2 by Westside Gunn, Conway the Machine & The Alchemist

 もともと2017年にリリースするつもりだったアルバムが時を経て年の瀬にリリース。最近来日したことも記憶に新しいアルケミストの2023年のハードワーキングっぷりはえげつない。彼のソロアルバムを聞いてたわけでもないのに今年よく聞いたアーティストのトップ10にランクインしてた。つまりラッパーとの共同名義でたくさんリリースしたことがよくわかる。本作もここ数年のドラムレスもしくは鳴りの弱いスタイルのビートの上でGunn氏、Conway氏がハードにスピットし倒すというヒップホップ好きにはたまらない仕上がりだった。なかでも異質だったのはSchoolboy Qが参加した”Fork In The Pot” 今の時代に東も西ももはや関係ないとはいえ、Schoolboy Qの参加は意外だしビートのネタも皆目見当つかないけどかっけぇ!というヒップホップ純度めちゃ高い曲だった。

Knlls by Maalib & WRKMS

 Wooのインスタで知って聞いてみたら、特大ヒットだった。インディロック的なアプローチによるR&Bは最近のトレンドである中、もろにそのアプローチでめっちゃかっこいい仕上がりになっている。2人は韓国のプロデューサーのようで、クレジットによると本作は全編バンドサウンドで構成されている。バンドではあるものの抑制されていて引き算で作られている。最低限の音数でグルーヴ作られている感じが上品で好き。JOONIEという女性ボーカリストが半分ほど参加していて英詞多めなのも特徴的。当然グローバル視野に入っているだろうなと思うし全然通用すると思う。Wooはラップで参加、SUMINは6曲目にコーラスで参加しており彼らがフィールするのもよく分かる。インスト2曲が本当にいいアクセントになっていて、好きな曲はKim Okiのかっこよすぎるサックスが雄弁に語るラストの”Mounds, Knulls”

Naive by Ourealgoat

 前作のEPがかなりポップで「どうした?」という方向転換を始めているOurealgoat。今回のEPもその路線を踏襲しつつ若干ヒップホップに戻してきた、という塩梅。韓国ヒップホップのポップさというよりKポップ的なアプローチなのでそこまで好きになれず…ルックスもいいから人気の獲得という観点では間違いではないと思う。ただラッパーとしての素質めちゃ高いので、アルバムではドープさを期待したい。ポップな中でもヒップホップさを感じた”Can’t stop”が好きな曲。