一私小説書きの独語/西村賢太 |
個人的な西村賢太ブームが続いておりエッセイを読んでみた。自分語りと雑誌に掲載されたエッセイ、文庫あとがきなど色んな形態の文章がまとまった幕の内弁当みたいな1冊だった。日記の方が好きかも。
読みどころとしては前半の自分語りだと思う。私小説を書いているので、ほぼ全作品で自分語りしているといえば間違いではないが、冒頭でそのラインは明確にしている。つまり、私小説はすべて真実なわけではなく脚色していると。その前提を置いた上で自分がどういう人生だったか語り始めるのだけど、まぁ当然オモシロい。我々が小説で読んでいる主人公の北町貫多を地でいっているのだから。端的に言えば「クズ」なんだけど著者のチャーミングな文体でいい感じにごまかされている。中学卒業してすぐに独立しているからとはいえ結構目に余る言動が多い。特に家族への暴力のくだりは辛いものがあった。
自分語りをしてしまうことで小説のネタが切れることに気づき途中から過去のエッセイや文庫に寄せたあとがきなどが続く。政治的内容も披露されており、橋下徹には懐疑的で納得したが、石原慎太郎を尊敬していることもあり右曲がりのダンディっぷりが見て取れた。自分の政治的な態度の違いと本のオモシロさは直接関係ないと思える数少ない作家かもしれない。
あと愉快だったのは映画版『苦役列車』に対する論評。ひたすらこき下ろしまくっていて、特に主人公の対人関係のあり方に対する懐疑的な見解が興味深かった。具体的には中卒で社会に出て人足の仕事をこなす日々において、映画ではコミュ障のようにおどおどした表現になっているが実際は逆で人一倍他人の顔色を窺い人懐こく振る舞う必要があったらしい。現代の感覚だと映画監督のアプローチが正しい気がするものの、それがどうしても許せないのか散々書きまくっている。好きな映画の一つなのでビックリしたけど、酷評がプロモーションになっているような気もした。実際再見したい。解説の木内昇氏のコメントが彼の優れた点を言語化していると思えたので引用。今は日記の3冊目を読んでいます。
「感覚を表す」という文章において至極難解なことを、さらりとやってのけているところに、氏の小説の凄みと妙味があるのだ。
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