2024年1月5日金曜日

怪物に出会った日

怪物に出会った日/森合正範

 こないだの井上尚弥の試合の日に大阪の先輩がインスタでポストしていたのを見て読んだ。子どもの頃からプロレス、総合格闘技に慣れ親しんでいたこともあり、スポーツとしてのボクシングに対してどうも引け目を感じてしまうのだが、リング上で対峙するという意味では同じ格闘技だなと本著を読んで思い知った。なんならボクシングの方がロジカル性が高くボクシングの方が好きかも思わされるくらい。そして本著が目標としている井上尚弥の強さを多角的に理解できる素晴らしい本だった。

 ここ5年くらいで井上尚弥という存在は自分のようなニワカボクシングファンにまで轟くようになったと思う。それを成し遂げたのはメディアへの露出や流行りのSNS上での煽りなどではなく「めちゃくちゃ強い」という現代では型破りな存在だ。著者はボクシングの記者として井上尚弥の強さを本当に表現できているのか?という自問自答にぶち当たる。そこで井上の来歴を評伝形式で追いかけるのではなく井上と戦った敗者から話を聞くと言う手法を選んだ。この視点がとてもユニークでオモシロさに拍車をかけていると感じた。音楽やアートなどの場合、各人の来歴が表現にどのような影響を与えたかが大きなファクターだろう。しかしボクシングの試合は1人ではできない。対戦相手との2人で「試合」という表現を行う。こういった観点で考えれば、敗者にインタビューするというのは自然な流れにも思えるが、ボクサーたちに負けた試合の話を聞く難しさがある。著者はボクシングに対する真摯な姿勢で、そのハードルを一生懸命乗り越えているんだろうなと感じさせるほどに皆が口々に井上の強さを語っている点が印象的だった。

 ボクシングにおいて強い選手に何が備わっているのかと言われれば、天性のパワーとスピードなのかな?とボンヤリ思っていたけど、海外の選手たちが一様に規律と節制の重要性を説いていることが意外だった。ボクシングは試合自体は派手に見えるけども、そこにたどり着くまでには反復練習、減量といった地味で辛い作業を経ていることに改めて気付かされた。

 敗者から見た井上のパワー、スピード、ボクシングIQに関するエピソードが特に多い。すべてがトップクラスであることは間違いないが、各試合で出力あげていただろう彼の能力について敗者の視点から詳しく説明されている点が興味深かった。個人的には最も井上と拳を交わした黒田雅之選手の章が一番グッときた。スポットライトの当たらないところで強さを追い求める姿勢はアンダードッグ的な物語で最高。すべては以下のラインに凝縮されており、まだまだ井上が勝ち続ける時代は続くはずなので、なるべく自分の眼に焼き付けていきたい。

敗者は勝者に夢を託し、勝者は何も語らず敗者の人生を背負って闘う。

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