2024年1月19日金曜日

黄金比の縁

黄金比の縁/石田夏穂

 SNSでプロットをたまたま見かけたのだけど、それだけであまりにもオモシロそう過ぎて読んだ。そして期待を裏切らない完成度で最高の読書体験だった。じゃあそのプロットってなんやねん?という話だけども、こんな感じ。

「会社の不利益になる人間を採る」 不当な辞令に憤る人事部採用チームの小野は、会社への密かな復讐を始める――。 (株)Kエンジニアリングの人事部で働く小野は、不当な辞令への恨みから、会社の不利益になる人間の採用を心に誓う。彼女が導き出した選考方法は、顔の縦と横の黄金比を満たす者を選ぶというものだった。自身が辿り着いた評価軸をもとに業務に邁進していくが、黄金比の「縁」が手繰り寄せたのは、会社の思わぬ真実だった……。

 就活ものクラシックとして朝井リョウ『何者』があるが、本著は雇う側の視点で描いた新たな就活ものクラシックと呼んで差し支えないだろう。人事側の視点を描くだけで新鮮なのに、さらにもう一捻りして「会社の不利益」になる人間を選んでいくという最高の舞台が整っている。さらにその舞台の上で日本における就活の批評を進めていく構成が本当に見事だと思う。本著では取材の成果なのか、人を選ぶことに対する圧倒的なリアリティと胡散くささがパンパンに詰まっていた。たとえば「ここが変だよ日本の就活」という新書が仮にあったとしても、それは単なる「あるある」の塊に過ぎず、ここまでの共感を得ることは難しいと思う。また自分自身が似たような環境の会社に在籍しており小説で描かれる欺瞞性は日々感じている。それが相当な精度で言語化されていることに驚いた。最近の状況を端的にワンラインで表してるなと感じたのはこのライン。

とっとと辞める秀才とずるずる勤続年数を重ねる凡人。前者と後者なら、どちらがより会社に有害なのか。

 主人公が女性、かつ女性が圧倒的マイノリティにあるJTC(Japanese Traditional Company)という設定もあり言及できる要素が多い。一般的な正論を表向きは掲げざるを得ない人事業務だとしても、そんな正論だけでやっていけない現状のオンパレードなんですよという一種のネタバレのような展開が多いのも特徴的だった。就活において人事が社会的な正しさ(SDGs!)を主張したり、逆に就活の独特の風習を論破するといった光景はよく見るかもしれない。しかし本著がそれらと一線を画すのは正論と現実の狭間を描いているから。正論、社会的な正義を疑ってかかる姿勢は朝井リョウ『正欲』に類する姿勢であり、今の時代におけるフィクションの役目を果たしていると思う。

 タイトルにある「黄金比」は顔の物理的な尺度であり人の中身ではない。社会において見た目で判断してはいけないという割には『人は見た目が9割』という本が人気だったり、ことさら誰にどう見られるかを意識しないといけない場面が多い社会についてアイロニーを交えて描いている。そんな見た目の話で刺さったのはこのライン。

人を見た目で判断するのがダメなら、なぜ私たちはこうも表情にうるさいのか。人を表情で判断することは大いに推奨されている。私はこう言う。表情も同じ見た目だと。

学歴とか選考とか笑顔とか挨拶とか喋り方とか身なりとか、結局のところ自己申告でしかない。「ガクチカ」には過剰反応する癖に、何より如実に提示される顔の寸法には、なぜ皆サンこうも無関心なのだろう。

 さらにタイトルにある「縁」という言葉。就活において落とす際に使われる常套句「ご縁がありませんでした」の違和感をこれでもかと追い込んでいくラインもなかなかシビれた。よく考えてみると、仕事の中で何かを断ったり辞めたりする際に「縁」という言葉を使うことなんてありえないのだから著者の指摘は至極真っ当だと感じた。

「縁」と口にすることにより、誤魔化される生臭さがある。「縁」により蓋をされ、丸め込まれる罪深さがある。だってそれは「縁」などではないのだ。他でもない採用担当、お前自身が、ジャッジしているんじゃないか。

 読了後にインタビューを読むとさらに理解が深まって良かった。芥川賞候補になった『我が友、スミス』もオモシロそうなので読んでみようと思う。

『黄金比の縁』刊行記念インタビュー 石田夏穂「人間が人間を選ぶことの胡散臭さ」

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