2024年12月28日土曜日

研究者、生活を語る

研究者、生活を語る/岩波書店編集部

 岩波書店のコーナーがある書店に寄ったときに見かけて気になって読んだ。「これはまさに読みたかった本…!」と読みながら、何度も深く頷いたのであった。育児、介護をしながら研究者として働く生活のケーススタディがふんだんに載っており、どのようにケアしながら、キャリアを構築していくのか、千差万別なスタイルが興味深かった。育児や介護に伴うケアの数々は、変数が多く定型化できない。だからこそ本著のように実例を並べてくれることで、自分に近いパターンを見出して普段の生活にフィードバックもできるし、全く違う背景を持つ育児環境の実情を知れた。結果として、良い意味で「頑張りすぎない」必要性を理解することができた。

 本著は、大学で研究、授業などをしている方々に育児、介護の状況をインタビューもしくは当人が書いたものを、岩波書店編集部がまとめた一冊である。おおまかな流れとして、自身の研究者としてのキャリアについて説明があり、自身の家族構成と日々どうやって家の生活を回しているか紹介されたのち、キャリアと生活について大局的な所感を述べるといった流れとなっている。「育児に答えはない」とよく言われるし、当事者としても自分の対応が、どの程度正しくて間違っているのか、わからないことはよくある。そんな中で、各人の家庭事情を知ると、みんなそれぞれ苦労しているのがわかり、育児に伴うある種の孤独感が解消される感覚があった。

 男性による育児状況の事例がたくさん載っている点も本著の大きな特徴である。それは研究、特に理系のフィールドが男社会だからという背景があるのだが、市井の男性が育児にどのようにコミットしているかを知る機会は思った以上にない。当然、保育園で話したり、友人同士で話したりすることはあるにせよ、ここまで体系立った情報が俯瞰できるのは、本というフォーマットだからこそ。また、いわゆる「イクメンです!」みたいな強い語りがなく、淡々と現状と課題、その対処について話してくれているから安心して読めた。

 研究者独自の悩みとしては、大きくわけて二つあり、居住地と任期である。夫婦とも研究者である場合、研究内容やポストの少なさから、それぞれ別の大学で研究するケースが多い。そうなると、どちらかが単身赴任の状況になってしまう。また、任期ありの職だと、任期が切れたあと、仕事を探したとて、それが現在の居住エリア付近にあるとも限らず、条件を含め、不安定な状況が続く。正社員で働く身としては、勤務期間のリミットが決まってる不安は想像もつかない。企業であれば、都心部に集積していることが多く、また、今の時代、会社の制度として家庭とキャリアをなんとか維持できる仕組みも整い始めている。一方で、大学は全国各地に存在する上にポストの数も少ない。さらに、制度も企業に比べると硬直しており、難しい現状を初めて知った。

 女性のケアの比重が重くなってしまうのは、研究者も世間全体と同じ傾向にある。さらに、研究は投下時間が如実に「論文」という実績に結びつきやすいがゆえ、女性が男性と同じようにキャリアを築くことが難しい。そんな中で、研究と家庭の両立を試みている方々の話は、研究者ではなくとも共感する点は多いはずだ。また、「論文」という目に見えやすい成果主義の世界ゆえに、研究、育児を両立している先人がいると、自身の能力のなさに悩むかもしれないが、本著で繰り返し主張されている家庭環境は千差万別である。両立できた人が、誰に何をどこまでアウトソーシングしていたかが可視化されていない以上、特別視する必要はない。育児は比較的平等に思われがちだが、各自のシチュエーションは想像以上に異なるからだ。本著はまさしくその証左となっている。

 終盤の介護にまつわる話は、来たるべき未来を予習することになり、勉強になった。幸い、今のところ介護が必要な状況には至っていないが、自分自身を含め、いつ、誰が要介護になるのかはわからない。育児に対する社会的理解の進み具合に対して、介護への理解が進んでいないのは間違いない。高齢化社会が進む中で、支える側の人間が絶対数として少ないのは明らかであり、今後は皆に降りかかってくる問題だからこそ、本著にあるような先駆者の経験談は重要と言えるだろう。

 ワンオペしている人の悲痛な叫びが、SNSで瞬間的にバズり「保育園落ちた日本死ね!!!」と同じように、自分の思いが代弁されてる気がして、スカっとするかもしれない。ただ、個人的には、そういった刹那的なものより、本著のように実例を積み重ねて、その上で見えてくる課題について腰を据えて考えたい。

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