2024年12月13日金曜日

いのちの車窓から2

いのちの車窓から2/星野源

 ちゃんと一作目を読んでから、二作目を読んだ。前作は国民的スターになる前夜だったが、本作は国民的スターとなったコロナ禍前後で書かれたエッセイ集でオモシロかった。これだけパブリックな存在になりながら、自分の内なる感情を文字でここまで丁寧に書くことができる文筆家としての力量たるや。喜びも苦悩もないまぜになった人間・星野源がそこにいた。

 2017〜2023年までの連載+書き下ろしで構成された一冊。前半は一作目の延長線上で自身の仕事の話が中心となっている。ドームツアーの成功、海外でのライブなど、順風満帆に見えるキャリアにおける本人の感情がストレートに表現されていて興味深かった。当たり前だが、スケールが大きくなればなるほど、本人に対する負荷も大きくなるわけで、そこでめげそうになりながらも何とか前に進めていく喜びや苦悩はファン垂涎のものだろう。前作同様、やはり音楽周りの話が好きで、特に「Family song」が「シンバルなし進行」にトライした結果であることを知った上で聞くと、表面上はJ-POP然とした曲の奥にあるソウルやR&Bの要素が浮かび上がってくる。このスタイルは今や彼の代名詞だが、リリースされた当時、「またJ-POPか〜」となっていた自分の耳の浅さを知った。最近アップロードされたティファニーのパーティーで彼がDJした際のプレイリストは、音楽愛がはち切れんばかりに伝わってくる内容だったことからして、彼が今でも日本のポップスにおいて最も重要なキーマンであることに納得する音楽ファンは多いはずだ。

 海外アーティストとのコラボ含めてワールドワイドな展開が始まりそうな矢先にコロナ禍となってしまう。ウイルスは平等に襲いかかるわけで、彼がコロナ禍で考えたこと、特に死生観に近い感情の数々は、自分の人生の意味を改めて問い直すきっかけになった。くも膜下出血で生死を彷徨った経験があるからこそ説得力があるし、他人の死に対する感情の吐露も彼ならではの言葉が並んでいた。また、コロナ禍をきっかけに鍵盤ベースのDTMによる作曲に変化した話も興味深かった。当時、友人から「不思議」をおすすめされて聞いたものの全くピンとこなかったのだが、今聞くとその作風の変化を顕著に感じる曲であり好きな曲になった。こうして人間が変わっていく生き物であると、本著が持つ7年という月日の蓄積は教えてくれる。

 コロナ禍といえば「うちでおどろう」の話は避けて通れない。安倍晋三が「うちでおどろう」の動画をアップロードして燃えていたことを思い出す。当時、それに対して何のリアクションも返していないこと、つまり「なんか意思表明しろや」という圧力が多分にあっただろうし、彼がヒップホップ愛を語る場面も散見していたので、何かカウンターしてくれないか期待していた。しかし、彼からすると余計なお世話でしかないことが本著を読むとよくわかる。ただでさえ有名税という名のもとで、大勢からネガティブな感情をぶつけられる中で、このときの心情や察するに余りあるし、ネガティブな要素をとことん排除するライフハックを繰り返し主張する姿勢も納得できた。そして「雄弁は銀、沈黙は金」という言葉があるように、何も言わないことも十分な意思表示だよなと、本著を読み、彼の感情の機微に触れて初めて気付かされた。

 妻こと新垣結衣とのエピソードが描かれている点も本著の読みどころの一つだろう。妻との生活の様子がときにありありと、ときに淑やかに描かれている。正直、シャレたエピソードの連発なので「ケッ」と嫉妬する感情を持つ方もいるかもしれない。しかし、この夫婦の身に起こった根も葉もないゴシップ騒動をみていると、このくらいの愛を表現していかねばならないのだという著者の気概を感じた。来年アルバムが出るらしいので、それが今から楽しみになった。

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