2024年12月6日金曜日

ぼくにはこれしかなかった。

ぼくにはこれしかなかった。/ 早坂大輔

 先日サルベージして積んでいたのだが、お店の話を読むなら今だと思って読んだ。脱サラして本屋を開業し、どのように経営しているか、情感たっぷりに書かれておりオモシロかった。BOOKNERDは地方独立系の本屋では名の知られた存在で、先日の文学フリマも大盛況だった模様。そこに到達するまでの苦難の道のりと、率直な心情の吐露に胸を打たれた。たまに友人や家族と「カフェとか本屋でもやろかな〜」とサラリーマン生活からの逃避として冗談混じりに話したりするが、そんな甘い気持ちを律せられるものであった。

 著者の人生をなぞるように振り返りながら、本屋を岩手県盛岡市で開業、経営する過程が描かれている。成果至上主義の営業マン生活に疲弊し、人生に意味を見出せなくなり、未経験で本屋を開業する。どこにでもありそうなストーリーではある。しかし、巻末の選書リストからもわかるように、本に対する並々ならぬ愛情がどの章からも漂っている点がその辺の本屋と違う点だ。特に街に本屋があることがいかに豊かなことなのか、言葉を尽くして説明されており、現在住んでいる街に本屋がないことを寂しく感じた。

 理想と現実のギャップに苦しみながら、斜陽産業である地方書店を生業にする方法を必死にもがきながら追い求める、その様はプロジェクトXさながらのドキュメンタリーである。本屋の前に別の事業を一度起業したエピソードが載っているのだが、世知辛い世の中を具現化したような展開で胸が苦しくなった。その経験があったからこそ、魂を売り渡さないビジネスをやり抜く覚悟が伴ったというのは、他山の石として大いに参考になる話だ。また、街の商圏だけではやっていけない現状を踏まえて、マーチ、イベント、出版など、本屋としての矜持を譲らないまま、お店を継続するためのエコシステムを実践している。ネットに普及により小売業における商圏の概念は薄れつつあるが、どちらも無下にしないスタイルは持続可能性を感じさせるものだった。とはいえ同じようにやろうとしても、くどうれいんのような才能を発掘できる可能性は限りなく低いような気もするが。

 全体にエンパワメント性に溢れており、好きなことを仕事にすることのオモシロさが十分伝わってくる。自分の好きなことに人生の大半の時間を投入できる喜び、それで何かをなし得たときの達成感、誰にも指示されない自由な生き方。これらを会得できるまでの苦労も当然あるが、その先に待っている有意義な人生というのはサラリーマンには眩しく見える。「若い頃に読んでいれば、自分の好きなことを仕事にしたかもな〜」と、この手の本を読むといつも考えるのだが、著者が本屋を始めた年齢は今の自分よりも上だと知ってぐうの音も出ない。結局は「やるか、やらないか」の二択で、そこを選びきれないのは自分の覚悟の問題なのだと思い知るのであった。

ぼくという個人の誠実さや正直さを売る仕事。そんな仕事をするためにはまずこころから自分が売るものを愛さなければならない。少しでもその売り物を愛せないのならば、ぼくはまたそこから去ることになるだろう。

あるかないかわからないものをむりやり目の前に生み出そうとするのではなく、自分の本分をわきまえ、突き詰めることだ。

側から見栄え良く、きれいに楽ちんそうに見えることはすべてまぼろしで、みな水面下で必死に水をかき、なんとか浮かんでいたというわけだ。

0 件のコメント: