2024年12月25日水曜日

すべての月、すべての年

すべての月、すべての年/ルシア・ベルリン, 岸本佐知子 

 ここ数年、注目を集めているルシア・ベルリン。最新刊が出ると、前作が文庫化される流れのようで、文庫化のタイミングで毎回読んでいる。今回も一作目に続いてオモシロかった。海外文学で、これだけ登場人物が生き生きしている作品には、なかなか出会えない。岸本佐知子氏による翻訳が抜群でリーダビリティも高い。今回読んで改めて、リリースされる限りは追いかけたい作家だと感じた。

 原著『掃除婦のための手引き』は元々一冊で、日本では二作に分けてリリース、本著はその二作目にあたるとのこと。自身の経験を活かした私小説的なアプローチによる短編集となっている。短編集は、良い意味でも悪い意味でも玉石混交になりがちで、全然ノレない話が入っていることもあるが、著者の場合、全部が全部オモシロい。しかも、オモシロさのベクトルが一方向ではない。落語のように明確なオチがある話もあれば、急なエンディングを迎えたり、独特の余韻を感じさせる話まで。バラエティに富んでいるにも関わらず、どれもオモシロいのだから、人気が出るのも頷ける。

 本著では、死との距離感が近い作品が多く、その点に一番魅了された。本人が病院勤務していた経験もあるためか、病院が舞台となる短編が多い中、登場人物が死に対して比較的ドライなのだ。たとえば、表題作であれば、皆で漁をしている最中に一人亡くなってしまうものの、同僚は何も言わないし、死を特別扱いせず、他の事象と対等なものとして描いていた。小説において、人の死は最大のドラマになり得るにも関わらず、そこを裏切られると、逆に物語に前のめりにさせられる。個人的には「カルメン」「ミヒート」の赤子の生死が題材になっている短編二連発がハイライト。それは自分が親だから、というのはもちろんあるのだが、ウェットに描いていないからこそ、似たような事例が、現実社会でも頻繁に起こっているだろうと想起させられたからだった。

 このように死やそれに伴う孤独がテーマなので、ネガティヴなムードが漂いそうなものの、そのムードを気にしない登場人物たちのあっけらかんとした一種の楽観主義の姿勢が心を軽くしてくれる。読んでいると、自分の悩みや考え事も瑣末なことなのではないか、逆説的に感じさせてくれるのであった。「笑ってみせてよ」が最たるもので、大人たちが好き勝手に生きるモラトリアム性もあいまって好きだった。

 「視点」という短編では、小説の書き方についてメタ的に語っており、いかにディテールが大切か力説していた。短編にも関わらず、読者に人物像を明確に脳内に描いていく、その初速の速さは著者の筆力としか言いようがない。あと特徴的な文体でいえば、名詞の連打および体言止めによるリズムが心地よかった。訳者あとがきによれば、すべての短編が翻訳されるようなので、次の作品も楽しみ。

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