黒い海 船は突然、深海へ消えた/伊澤理江 |
ノンフィクションを読みたくなったときには大宅壮一ノンフィクション賞を参考にしており2023年受賞作品ということで読んだ。超一級の調査型ノンフィクションでめちゃくちゃオモシロかった。愛想のない無骨な表紙からしてシビれるのだが、ジャーナリズムとはこういうことよなと惚れ惚れするような内容だった。
2008年に起こった海難事故を題材としており、具体的には第58寿和丸という漁船が突如沈没、行方不明含めて17名の方が亡くなった。この事故については原因が定かとなっておらず著者が丁寧な取材をベースに確信へと迫っていく構成となっている。まず冒頭で著者が取材をベースとして事故当時の様子を三人称視点でまるで映画を見ているかのような激しいタッチで描いている。それにより海難事故の恐ろしさが脳髄まで叩き込まれ「なんでこんなことが起こるわけ?!」という興味関心が読んでいる間ずっと持続していた。しかもこの事故は発生当時は秋葉原の通り魔の報道でかき消えてしまったらしく、さらに調査報告書が出たのは311直後の2011年4月。17人も亡くなっているにも関わらず人の目に触れてきていない。そういった日の目を見ていない事故に光を当て闇を紐解いていくのは一級のミステリーさながらだった。
「コツコツ」という言葉がこれほどピッタリなノンフィクションが日本にどれだけあるだろうか?推論を立てて証拠に基づいた裏どりを進めていく。そして取材対象に対して真摯に向き合い証言を集める。一歩一歩は小さいかもしれないが、点と点を線にする作業はあらゆる仕事で必要な姿勢であり、著者の文章から仕事の足腰の強さがにじみ出ていた。これとか至言。
社会の出来事を掘り起こして記録に残すという営み、つまり、事実のかけらを拾い集めてつなぎ合わせるという作業には、おそらくタイミングというものがある。どんなに重要な出来事であっても、そのタイミングを逃せば真実には半永遠的にたどり着けない。
近年起こった海難事故といえば知床の件を想起したのだが、あの事故をニュースで知ったときに得体の知れない恐怖を感じた。それが一体何なのか当時は深く考えなかったものの、この事故における生存者の以下のラインがその正体を非常にうまく言語化していた。
普通に明日も明後日も生きれるんだと思っているのに、『あと 30分後に死ぬんだよ』って急に突きつけられた。もう、あの人に会いたい、あれもしておきたいってことが一つもできない。そういう未練だ。何歳までも生きたいっちゅう未練じゃなくて。やりたいことが何もできないで死を迎えるくらい未練が残ることはないんだ。あの怖さは未練だ。命を奪われるかもしれない状況になって、その覚悟ができていなかった
終盤は日本の情報開示に関する問題が顕在化する話へと展開していく。公文書改竄事件でも明らかになったとおり誰かが決めた結論ありきで猪突猛進し他者からの意見、批判を受け付けないし何も開示しないといったここ数年の問題が当事故でも発生している。「秘密にしておけばバレないし証拠もないから大丈夫っしょ」というムーブを国側がかましまくっていることに驚くしかない。こんな大きな事件でさえ起こっているんだったら、ゴキブリのように小さな嘘や偽りはごまんとあるかもしれない。法治国家にも関わらず国民がそんな疑いを持たざるを得ない時点で腐敗は進んでいることがよく分かる。さらに腐っているからといって白黒はっきりつけようと前に進むことができない点も日本社会の苦しいところ。清濁併せ吞みながら、それこそ黒い油を呑みながらでも真実に対して愚直にアプローチすれば道は開けていくはず。そういった祈りを託すかのようなエンディングもグッときた。これが著書としては1作目というのはまるで信じられない。また著者の作品が出れば必ず読みたい。
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