2024年4月23日火曜日

音楽と生命

音楽と生命/坂本龍一、福岡伸一

 先日NHKで放送された坂本龍一のドキュメンタリーが信じられないほど心に刺さってしまい今更ながら著書を追いかけようということで読んだ。対談相手の福岡伸一の受け身のうまさもあいまって極上の対談となっていて興味深かった。

 2017年に放送された番組での対談内容に加えてコロナ禍真っ只中である2020年の対談が追加された構成となっている。対談の文字起こしなのでラジオを脳内再生しているように読めるのが特徴的で難しい話も入ってきやすい。まず驚いたのは坂本龍一が学者である福岡伸一とこれだけ会話をスイングできること。彼が単なる一音楽家にとどまらないことは晩年の社会にコミットする活動などから知ってはいたが、その背景に膨大な知識と思慮深さがあることが本著から伺い知れる。当然それを引き出しているのは福岡伸一だとも言えて2人の相性が本当に素晴らしく会話がずっとスイングしているので、いくらでも読みたかった。特に生物学と音楽の対比、アナロジーの展開が見事。ひたすら点と点が線で繋がっていくオモシロさが多分にあった。しかし続編はもう叶わぬ夢となってしまったことが悲しい。坂本龍一が死について直接言及しているラインはドキュメンタリーで壮絶な最後を見たばかりなので沁みた。生命は利他的であるべきであるが、利己的な生きることへの執着も捨てがたい。結局は諸行無常でしかないことを痛感させられた。

 対談の一番大枠を捉えればロゴス(論理)とピュシス(自然)になるだろう。シンセサイザーを使って音楽をロゴスで捉えた音楽家とDNA解析という論理で名を挙げた学者。この2人が自然回帰の重要性を説いている点が興味深い。ロゴスの山の頂に登ったからこそ見える景色があるというのは本当のプロだけが言える言葉であり、その辺のロハス風情が説く印象論レベルのSDGs与太話とは納得度が雲泥の差であった。AIの台頭もあいまってさらに世界はロゴスにより加速度的に支配されつつあり、そこから逸脱したものを忌避する傾向さえある。そんな状況下ではロゴスからはみ出すことに魅力があり、さらにピュシスと真摯に向き合えればなおよしだと受け取った。

 本著を読んで坂本龍一のカタログをよく聞くようになったのだけど、なかでも対談当時にリリースされた『async』の解像度がかなり上がった。このアルバムは坂本龍一の音に対するアプローチが表現されており音だけ聞くよりもその背景、思想を踏まえて聞くと全く違う風に聞こえる。音楽は奥深い。また坂本龍一がヒップホップに対してサンプリング許可を寛大に与えていたのはヒップホップの非論理性に惹かれていたからなのかと夢想した。次は最後の日々が綴られているという『ぼくはあと何回、満月を見るだろう』を読む。

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