2024年9月30日月曜日

アンビシャス 北海道にボールパークを創った男たち

 

アンビシャス 北海道にボールパークを創った男たち/鈴木忠平

 嫌われた監督の著者によるエスコンフィールド誕生秘話ということで読んだ。YouTubeチャンネル「パ・リーグTV」で日本ハムの今年の躍進を見るのが密かな楽しみで、そこにはエスコンフィールドの魅力も当然含まれている。日本の球場らしからぬ、その洗練されたボールパークとしての佇まい。これが実現されるまでのあまりにも泥臭い仕事の話が興味深かった。まさに『プロジェクトX』であり「21世紀の今、このタイトルはちょっとストレート過ぎないか?」という懸念は読み終える頃には霧散し、大志を抱くことの大切さを学んだ。

 本著は、札幌ドームを本拠地としていた日本ハムファイターズが新球場へ移転するまでの物語だ。北海道へ移転してからのファイターズは、移転前とは比べものにならないほど華やかさと実績を残してきた。その象徴である札幌ドームから移転するだなんて、門外漢には疑問に思えるだろう。しかし、札幌ドームを間借りする立場でしかないファイターズサイドの要望が聞き入れられないこと、球場を含めた都市開発としてのボールパーク構想を叶えるため、移転という荒波へ飛び込んでいく。

 著者の劇画タッチの文章はあいかわらず健在だ。取材による客観的事実をベースに、映画さながらのカメラワークによる三人称視点がもたらす臨場感、そして小説のように展開する心理描写、もうそれだけで満足してしまう。まさに著者の筆力としかいいようがない。

 圧巻だったのは、白と黒の対比だ。これはファイターズカラーでもあるし、本著全体の通奏低音となるテーマとなっている。移転の決定や移転先の確定は、簡単には白黒つけられない。関係各所との調整を重ね、目標に少しずつ近づいていく中で、白と黒の狭間にいる様子を北海道の雪や天候と対比しながら描き、登場人物たちの煮え切らない思いを情感豊かに表現している。

 本著がなぜここまでオモシロいかといえば、移転先争奪戦の結果がジャイアントキリングだったことにある。札幌市がその図体の大きさゆえに意思決定の遅さに苦しむ中、ライバルの北広島市は小回りの利く機動力と、ファイターズを誘致したいという強い思いが状況を少しずつ好転させていく。特定期間の固定資産税の免除があるとはいえ、人口が少なく高齢化も進む日本の地方都市の象徴のような北広島市に、数百億円かけて野球場を作る決断の重みは想像するだけで胃が痛くなる。大きな仕事を進める上では綿密な根拠作りとリスクヘッジの積み重ね、それらに基づく大胆な決断が不可欠だということがよく分かる。

 結果として、2024年の今年、ファイターズの躍進により、2017年以来の来場者200万人突破を達成したという。一方、札幌ドームは野球の穴を埋めきれず赤字に陥っている。この成功は、新しい球場だけでなく、野球自体の魅力が相まって実現したものだろう。開放感あふれる空間で若い選手たちが生き生きと躍動する姿は、見ていて心地よい。エスコンフィールドは、北海道旅行の際に必ず訪れたい目的地の一つとなった。

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