その日暮らし/坂口恭平 |
信頼のpalmbooksから坂口恭平の本が出るとなれば読むしかない!ということで読んだ。超素敵な装丁からも伝わってくるとおり、これまで読んだ著者の作品の中で最も柔らかいタッチだった。無理のない範囲で自分の手を動かし、鬱とストラグルしながら、それでも前に進んでいく生き様は多くの人にとって支えになるに違いない。
今回は利他性に関する話が多く、「いかにコストパフォーマンス高く生きることができるか?」といった利己性が支配的な社会において、彼の視座は新鮮に響く。誰かのために動くことが結果的に自分の身を助けることになる。口で言うのは簡単だけども、著者の場合は高い実行力で、それを体現している点が並の人間力ではない。
著作をこれまで読んでいる身からすると、彼の考え方は何も変わっていないことがわかるはずだ。その一方で周りは変化しており、特に子どもたちの成長が大きくフィーチャーされている。娘と息子、それぞれが確固たる自我を形成している様子が垣間見れる。それは世間が決める「子どもはこうあるべき」から逸脱しているかもしれない。しかし、彼らは自分の好きなように、思うがままに生きている。だからこそ、鬱になった著者に対して優しい気持ちを見せることができて、大人が思ってもみない言葉が出てくるのだろう。「育児に正解はない」と言われるものの、実際に育児をしていると「こうあるべき」という社会の規範から逃れるのは本当に難しいことだ。当然、最低限のマナーが必要であるものの、今の時代はルールでがんじがらめになることも多い。著者がずっと提示している「好きなことをとにかく突き詰めろ!」を彼以外の人間が実践している様を見ると、彼が特別な訳ではないことの証左とも言えるだろう。
本著は新聞連載をまとめた一冊であるが、後半は連載中に訪れた長い鬱に関する体験記の様相を呈している。そして、書き下ろしのあとがきが自身の躁鬱に対する考察で新境地に至っている。鬱状態の際、自己否定する理由を深堀りする中で、その大元の原因は寂しさだろうと結論づけていた。しかし、本人の記憶の限りで幼少期や青年期に寂しいと感じた記憶はない。「じゃあ、いつ?」となって、「胎児の頃に違いない」と結論づけられる点が著者ならではの視点だ。自身も言及しているとおり、半分小説のテンションで書かれているが、その仔細さに書き手としての底力を感じた。そして、結論として「自分を信じること」の重要性が説かれている。本屋で平積みされている自己啓発本から「自分を信じろ!」と言われても一ミリも心は動かないが、著者が苦しんだ過程を共有してくれているからこそ、この言葉の説得力が増す。毎回著者の作品を読むたびに、冒頭に述べた利他性を含め、何事も結論ではなく重要なのは過程だと思い知るのであった。
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