2023年3月26日日曜日

嫌われた監督 落合博満は中日をどう変えたのか

嫌われた監督 落合博満は中日をどう変えたのか/鈴木忠平

 WBC優勝で野球ムード一色の中、その空気に当てられて積んであった本著を読んだ。以前からいろんなところで耳にしていたが、RRCの代官山蔦屋書店のフェアで仙人掌が紹介してたので買ったのだった。父やパートナーが熱狂的に野球を見ており子どもの頃から現在まで一番身近な観戦スポーツは野球なので、本当に信じられないくらいオモシロかった。こういったスポーツドキュメンタリーを本で読んだことなかったので、今後は読んでいきたいと思えた。

 落合監督が指揮をしたころの中日ドラゴンズはめちゃくちゃ強かった。そこには落合監督の独特のスタイルがあり「オレ流」という言葉が流行った時期もあったくらいに。当時は自分にとって縁のないチームであり実態はよく知らなかったのだけど、彼の考え方およびその下で修練した選手たちのエピソードがどれを取ってもめちゃくちゃオモシロかった。時系列でシーズンを追いながら、著者の視点と三人称による選手たちの視点を交互に見せながら落合監督を紐解いていく構成が見事。スポーツに関するノンフィクションながらも様々な点が用意され最後には線で繋がっていくので、まるでミステリー小説みたいに読めるし、落合監督の思想はビジネス的な側面も強いからどんな風にでも読める。魅力はそこかしこに仕込まれており約500ページをめくる手は止まらず一瞬で過ぎ去っていった。

 プロは結果がすべて、つまり野球において勝つことが至上命題であり落合監督はそこに従順であり続けたのがよくわかる。そして勝つ目標を達成するためには感情に流されてはダメで目の前で何が起こっているのかの現状把握をして打ち手を施していく。プロ野球は結果ももちろん大事だがロマンも必要不可欠である。この頃の落合監督はひたすらにリアリストであり、派手なバックグラウンド(たとえばドラフト1位とか)がもたらすロマンを重視するのではなく再現性の取れる技術(リアル)を重視していく。野球というスポーツの最適化を進めていくそのドライさは企業経営者のようで自分が見たことない野球監督の像で心底驚いた。ただそのリアルの積み上げでひたすら勝ち続けたにも関わらず観客動員は減り人気がなくっていく反比例現象が起こった点が興味深い。当然ガチファンにとっては「勝ち=正義」だが、ライト層からすると勝ち負けを問わないロマンが必要。その難しさを霧散させるために、ひたすら選手個人の能力主義を貫いていく落合監督の信仰のようなものさえ感じた。それを象徴するようなラインを引用。あの頃のプロ野球を少しでも見ていれば100%楽しめる本だと思う。

落合は勝ち過ぎたのだ。勝者と敗者、プロフェッショナルとそうでないもの、真実と欺瞞、あらゆるものの輪郭を鮮明にし過ぎたのだ。

落合というフィルターを通してみ見ると、世界は劇的にその色を変えていった。この世にはあらかじめ決められた正義も悪もなかった。列に並んだ先には何もなく、自らの喪失を賭けた戦いは一人一人の眼前にあった。孤独になること、そのために戦い続けること、それが生きることであるかのように思えた。

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