2024年5月29日水曜日

しをかくうま

しをかくうま/九段理江

 芥川賞受賞したタイミングでリリースされたので読んだ。実際に書かれた順序としては芥川賞を受賞した東京都同情塔を執筆する前に本著は書かれている。かなりミニマルな設定で馬に関してこれだけスペクタルに書くことができるのがかっこいいし文学的に新しいことに挑戦する気概をたくさん感じた作品だった。

 時間軸が過去、現在、未来と用意されており、それぞれ馬をテーマに物語が駆動していく。最初に読んで想像するのは手塚治虫の『火の鳥』だ。『火の鳥』は仏教の輪廻転生をテーマとし時代を通じて類似した登場人物が現れる。本著は似たようで微妙に異なる、ニーチェが唱えた永遠回帰を踏襲して物語を構築している。同じことの繰り返しでしかないということは各時間軸における重複しかり、小説の構成として冒頭と終盤に同じ内容が出てくる点も含め複合的に反映されている。(馬の名前にもエターナルリターン!)

 馬の起源から始まり移動手段として人間が馬を使うに至るまでの壮大な過去パートと競馬の実況アナウンサーが競走馬の名前の文字数制限(9→10文字)の変更を起点とする現代パートのギャップがオモシロい。前者は抽象度が高く後者の物語を補完するように馬の概念を改めて語り直している。馬のことをここまで真剣に考えたことがないので、その歴史的な情報量の多さに圧倒された。言われてみれば、誰が最初にあの動物に乗ろうと言い出したのか。しかも移動手段としての馬は割と近過去なのかなど色々と気付かされた。そしてSFめいた展開も含む後者がメインディッシュである。競走馬における交配の最適化を人間と比較することで歪さを浮き彫りにするあたりからしてキレキレ。『東京都同情塔』でも描かれていたような、すべてが計算され偶然性が排除され最適化されていく社会に対する警鐘が多い。また言葉遊びもたくさんあって固有名詞がカタカナ太文字で書かれており「これは10文字?」と気になり出したら最後、前述のエターナルリターンのように意味がかかっているのかなと全部気になってくる。著者自身がヒップホップに造詣が深いことも影響しているのだろうか。タイトルのように死を欠く/詩を書くといったラップ的なダブルミーニングの多用が読んでいて楽しい。イースターエッグとして大量に忍ばせつつ物語の推進にも寄与している。単なる言葉遊びにとどまらないからこそ芥川賞を取ったことを本著でさらによく理解できた。次の作品もどんな仕掛けが用意されているかとても楽しみ。

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