みどりいせき/大田ステファニー歓人 |
すばる賞授賞式における圧倒的にラップなスピーチに心惹かれて読んだ。スピーチで魅せた言語感覚が小説にそのまま持ち込まれており読んでいるあいだずっとワクワク、フワフワしていた。そして概念としてのヒップホップが小説の中にきっちり取り込まれており最近のブームと呼応するようで嬉しかった。そしてこの装丁よ…!人生トップレベルで好きです。
主人公は高校生。うだつの上がらない毎日に退屈する中、大麻のプッシャーをやっている幼馴染に巻き込まれる形で大麻稼業に巻き込まれて…というあらすじ。非行に走る若者達というプロット自体は特別新しくはないが本著は文体と視点のユニークさがとにかく際立っている。文体については口語スタイル、具体的には若者言葉やギャル語が大量に使われており小説でこういった言葉に触れる新鮮な体験に驚いた。「キャパる」とか本著を読まないと一生知らなかっただろうし、こういった分かりやすい単語に限らず、ひらがなの多用、ら抜き言葉などカジュアルな崩しも多い。一時が万事、正しい方向へと矯正されていく世界に抗うかのように、イリーガルに戯れる高校生たちが瑞々しくユルく崩れた日本語で描写されている。一番分かりやすいのは皆でLSD摂取したシーン。文字だからこそできるゲシュタルト崩壊のようなトリップ表現がユニークだった。
視点については冒頭のバタフライエフェクトスタイルで度肝を抜かれた。卑近になってしまいがちな青春小説のスケールを一気に大きく見せて本著の世界がどこまでも広がっていくようなイメージを抱かせる。それは後のドラッグ描写へと繋がっていき文を通じて世界のダイナミズムを目一杯いや肺一杯に吸い込むことができる。また主人公の幼馴染である春という人物の性別を限りなくファジーにしている点も示唆的で男女を区別する世間の記号を入れつつも裏切ってくる。他者が性別を明確にする必要はなく春は春なんだという意志を感じた。
大麻が題材になっており売買や吸引時の様子など含めてかなり細かく描写されていた。ウィードカルチャーとヒップホップは不可分だ。具体的な固有名詞の引用があったりステルスで仕込まれたりしている。(個人的にブチアガったのは「どんてす。」これはNORIKIYOもしくはブッダブランドか。)こういった具体的な引用以外にも前述した文体を含めて小説の中に大量のコードがあり、そこに概念としてのヒップホップを感じたのであった。またプロットやカルチャーの引用など含めて波木銅の『万事快調』を想起する人も多いはず。しかし明確に棲み分けがあり波木氏が直木賞、大田氏が芥川賞をとる。そんな未来がきたとき文学においてもヒップホップが日本で根付いたといえるのかもしれない。
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