2023年4月30日日曜日

くもをさがす

 

くもをさがす/西加奈子

 西加奈子新刊出たんや〜と本屋で気づいたものの、また今度でいいかとスルーしてアメトーークの読書芸人見てたら乳がんの闘病をつづったノンフィクションと聞いて即買った。まさか彼女が乳がんになっていたなんて…と読む前から結構ショックだったけど、読んだらもう圧巻の内容であり彼女にしか書けない話のオンパレードで心に沁みた。

 カナダに移住した彼女が乳がんになってから回復するまでが克明に記録されている。がん患者の方の話はテレビなどで見かけることはあるが積極的に聞く機会がないので、こうやって本で読むと知らないことだらけで驚いた。特に治療が終了し転移がないことが確認できたとしても不安が常につきまとう、という話は言われないと分からない話だった。登場人物もちゃんと名前があって変にボヤかしてないのでリアルだし、抗がん剤治療の薬の名前などもしっかり書かれておりサバイバーとしてこの経験を伝えなければならないという気持ちがビシバシ伝わってきた。

 異国の地でがん治療を行うことの無理ゲーっぷりが想像以上であり日本がどうして長寿大国なのかと言えば医療環境、保険が充実しているからなんだと思い知った。そんな過酷な環境の中、何度もくじけそうになりながらも一歩一歩階段を登るように治療に励む姿は読んでいるこちらも疲弊してくるレベル…そんな中で家族、友人、医療関係者などの存在、そして優れた本と音楽が彼女の支えになっていて、お金で簡単に買えない資産が人生でいざというときに大切なのかもしれないとも感じた。

 小説のときと同じく文章のうまさは本当に素晴らしくて読む側がページをめくるたびにドライブさせられる。カナダの現地の方のセリフが全部関西弁になっている点がオモシロかった。カナダの割と自由なノリがいわゆる適当な大阪的ノリに近いのもあると思うが、それよりも英語を方言で解釈していくと重たくならず、カジュアルなニュアンスが出て気を楽にする効果もあるように感じた。それは著者および読者の双方にとって。

 最新作の夜が明けるでも書かれていた、日本を客観視した場合の論考は本著にも記載されている。狭い国の中でせかせか働いて皆の余裕がない、という話なんだけども、その余裕のなさが結果的に生む十分なサービスは医療関係にも同様のことが言える。カナダであれだけ辛い医療状況を経験したにも関わらず、「余裕がないことは良くない」と言える胆力は自分にはないので恥ずかしくなった。読み終わってから、命がかかってでも理想は理想で持ち続けることができるのか?と自問自答している。いつも芯をくいまくった体重全部乗せなラインがあるが今回はこれ。この経験は小説にもフィードバックされるだろうから次にどんな作品を書くかとても楽しみになった。

乳房を失った私の体が、今の私の全てであるように、欠けたもののある私の文章は、でも未完成ではない。欠けたもののある全てとして、私の意志のもと、あなたに読まれるのを待っている。そこにいるあなた、今、間違いなく息をしている、生きているあなたに。それは、それだけで、目を見張るようなことだと、私は思う。

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