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これはわたしの物語 橙書店の本棚から/田尻久子 |
書評のZINEを自分で作ったわけだが、作るまで書評集をまともに読んだことがなかった。そんな中で、友人からおすすめしてもらったので読んだ。本屋を経営し、文芸誌を自身で発行する著者による書評集で、読みたくなる本にたくさん出会えて良かった。
二部構成になっており、第一部は読書全般にまつわること、第二部は書評集となっている。第一部では本、読書にまつわる考えが書かれており興味深かった。斜陽産業であることが取り沙汰されてはや幾年という感じの本屋および出版ビジネスだが、インターネットの情報がフロー型かつその信頼性が大きく揺らぐ中で、本が果たす役割が大きくなる気もしている。著者のように本に対して、真摯に向き合っている姿勢を見ると「街の本屋」の存在の大きさを噛み締めるのであった。
メインは第二部の書評である。小説、エッセイなどジャンルを問わず掲載されていた。前述のとおり、自分で作っておいてアレだが、書評集はあまり読んだことがない。わざわざ書評集で本を探しに行かずとも、読みたい本が常にスタックしている状況が続いているからだ。しかし、本著を読んで気付いたのは、本は世の中に膨大に存在し、自分の情報収集範囲からこぼれてしまう、オモシロそうな本が山ほどあるということだった。AIを含めてレコメンド精度はこれからも高まっていくだろうが、セレンディピティをもたらす書評集の可能性を改めて感じた。「0→1で、ものを生み出す人が一番エラい」という風潮は根強く存在するが、膨大に存在するものをキュレートする意味やオモシロさ、またその作品に対する解釈を深めることの豊かさを味わうことができた。
紹介されている本の中には、読んだことのある本もあったのだが、自分で書いた感想と著者の書評を見比べることが楽しかった。当たり前だが、本はコンテンツとして長いものなので、その本の中で興味深い(あるいはつまらない)と感じる箇所は千差万別である。その違いを見ることで、本が多角的な存在として浮かび上がってくる。書評集を読むことは、今流行りの読書会を一人で行うような側面もあることに気づいた。次は『橙書店にて』を読みたい。