2024年3月3日日曜日

ペイン・キラー アメリカ全土を中毒の渦に突き落とす、悪魔の処方薬

ペイン・キラー アメリカ全土を中毒の渦に突き落とす、悪魔の処方薬/バリー・マイヤー

 Amazonのレコメンドで流れてきて読んだ。ドラッグの話は完全に自分の知らない世界でありながら、他人が異様に執着する様に儚さがあり魅力的に感じる。ゆえにドラマや映画でドラッグが題材になっているものを見ることは多い。そんな不純な動機も含めて読んだ本著は社会の外側ではなく内側に中毒性の高いドラッグが忍び込み爆発的に拡大したケースの話であった。日本でも眠剤などの市販薬や処方箋ドラッグの乱用はトー横界隈を中心に問題化しているので全く他人事ではないので怖かった。

オキシコンチンという疼痛用の薬が主役のドキュメンタリー。疼痛とは医学用語の痛みのことであり、オキシコンチンはそれを緩和する痛み止めだ。単純な痛み止めではなく麻薬系鎮痛剤と呼ばれるもので、アメリカのある製薬会社がその強力な中毒性を伏せたまま、簡易な痛み止めとして売りまくった結果、全米中に中毒者が急増してしまったというのが話の大筋となっている。

疼痛に対する処方薬という点がオキシコンチンが市場に蔓延してしまった大きな理由だった。医療行為の中で痛みの緩和は他の治療に比べて尺度がなく患者から伝えられる情報がすべて。「痛い」と言われれば、それを和らげる薬を提供することになる。本来であればいきなり麻薬系ではない鎮痛剤を使うべきだが、そこへオキシコンチンが入り込んでしまったのが悪夢の始まりであった。

語り口がうまくて、まずは具体例としてチアリーダーの女子高校生がオキシコンチン中毒になってしまう身近な話から始まる。その後、このドラッグが市場に登場、席巻するプロセスについてバックにいるアメリカの大富豪の話を絡めつつスケールの大きな物語として描いていく。処方箋の薬が蔓延して中毒者が急増したと聞くと「規制当局は何をしていたのか?」とシンプルに思うが、販売者側の用意したデータで攪乱されたり、圧倒的な資金力を駆使したロビー活動が影響して規制が遅れてしまっていた。また処方する側/される側に対する徹底的なマーケティングによる一種の洗脳に近い形でオキシコンチンを消費させ続ける仕組みを構築していた。規制を少なくして市場に任せていく新自由主義の到来と処方箋ドラッグの蔓延は無縁ではない。小さな政府志向は結構なことだが人間の生死に関わるところまで侵食してくると目も当てられない。終盤にかけて製薬会社の幹部をDEAや検察の捜査でかなり追い込んでいくものの重役たちを逮捕するまでは至らず金銭による和解で終結となり無念だった。本著を読んでいるとお金を稼げれば人がどうなろうが関係ないと考える詭弁の天才たちが起こした人災にしか思えない。

このオキシコンチンやパーコセットといったオピオイド系鎮痛薬はヒップホップとも縁が深くUSのヒップホップ経由で最初に知った。本著の主題であるオキシコンチンはScHoolboy Qのアルバムタイトル曲”Prescription/Oxymoron”、PercocetはFutureの”Mask Off”で有名だしJuice WRLDの死因とも言われていたりする。特に前者はドラッグユーザーとしての自分とドラッグディーラーである自分の二部構成になっており本著との相性はぴったり。読んだ後にリリックを見ながら聞くと胸にくるものがあった。一方、FutureのようなUSのメインストリームの音楽におけるドラッグ表現に対して日本からは対岸の火事のごとく楽しんでしまっている側面がある。使ったこともない人間が「パーコセット!」とか無邪気に叫んでいる場合ではない。USのティーンたちはヒップホップの曲の中で引用されまくるドラッグの誘惑と戦わないといけないのかと思うと複雑な感情にもなった。違法とはいえ大麻で留まっている日本はまだマシなのかもと思えた。

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