Forget it Not/阿部大樹 |
レイシズムという本を翻訳した人が同年代でエッセイをリリースしていると知って読んだ。現役の精神科医であり翻訳業にも積極的にコミットしている人ならではの話が多く興味深かった。頭脳明晰っぷりが文章からにじみ出ていて久しぶりに天才と遭遇した感覚を持った。
過去に寄稿された原稿のまとめ集なんだけども特殊なのは現在の視点で改めて自分の文章を見つめ直す「あとがき」がすべてのエッセイについている点。自分が過去に書いたものを冷静に分析している視点がかっこいい。それだけ文章を書くことについて真摯に向き合っているのだなと思う。(自分が駄文をここに書き殴っていることを反省…)他の医療行為と異なり患者との対話が重要なキーとなる精神科医だからこそ、交わされる言葉、書かれる言葉に対して感度が人一倍高いのかもしれない。
精神科医の世界は普段生活している中ではなかなか接することもないので、こういう本で当事者の声を知ることができる点が良い。論文から小説論まで内容の幅は広いものの、落ち着いた文体で読みやすい。登戸の通り魔事件の際、子どもたちの精神的な治療にあたられたようで当時の覚書はな想像もしない角度の話の連続で驚いた。
平易な言葉なのにめちゃくちゃ芯をくっている、読んだことのないニュアンス満載のラインが多く刺さった。著者が翻訳した『個性という幻想』がオモシロそうなので次はそれを読もうと思う。
らしさというのはいつも偶像ないしシンボリックなものに過ぎないので、それを言う側に首尾一貫した態度はない。いきおい相手は風見鶏になる。
明後日に何か前向きな変化を望んだ文章を読むとき、そこに二つ折りにされた感情を見つけると、私はどこか心強い印象を受けとる。
抑圧のもとに置かれると私たちは曖昧な態度をとることが不可能になる。これは暴力が日常であるような家庭に育った青年の反抗期が破壊的になることと似ているかもしれない。少しでも妥協することは、私はまだ幼く充分な能力がありません、これからもどうか圧制を続けてくださいと嘆願しているに等しい。残酷な環境においてニュアンスある態度は避けるしかない。
小説はこの点で、つまり書かれなかったことに消極的でなく意味を与える点で、それ以外の言語活動と異なっています。それが創作に内在的というよりテキストに対して読者が事前にする了解の仕方が違うということであるにしても。書き手と切り離された、ある種の不自然な用法をとることで、交わされる日常の言語にはない性質が与えられます。
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