音もなく少女は/ボストン・テラン |
C.O.S.Aの”Girl Queen”という曲のインスパイア元であることを知り、以前から気になっていた作品でついに読んだ。NYのハードな時代と環境を描いた素晴らしいクライムノベルでオモシロかった。
タイトルのとおり聾唖の女の子が主人公で名前はイヴ。生まれつき耳の聞こえない彼女の人生の周辺で次々と事件が起こっていき、それらをストラグルして乗り越えていく話となっている。父親がとにかく最悪でこんなに胸糞悪くさせてくる登場人物もそういない。しかし憎まれっ子世にはばかるとはよく言ったもので理不尽な暴力で母親、イヴを含めた周囲を抑圧していく前半は読んでいて辛い部分が多かった。耳が聞こえないハンデを背負いながらも運命的な出会いをした養母のような存在のフランから写真を覚えて少しずつ希望の光が差し始める。何か夢中になれるものがあることの尊さ、というと陳腐に聞こえるが劣悪な環境においてはとても大事で必要なものだと感じさせられた。また写真に加えてイヴに活力を与える恋愛の描写も非常に瑞々しい。しかしそれゆえに喜びに満ちた時間が過ぎ去っていく切なさもハンパなく…当時のNYにおけるストリートの理不尽さがひしひしと伝わってきた。
男は基本クズであり女性が人生の主導権を取っていく点が本著の読みどころだと思う。こういったクライムノベルにおいて女性かつ聾唖という当時の社会情勢におけるダブルマイノリティを主人公に据える著者の心意気にリスペクト。またフランはナチによって子宮を摘出されてしまっている過去を持ち物理的に母親になれない。そんな彼女が母性を長い時間をかけて獲得していくストーリーもかなりグッときた。特に終盤そんな形で母性を昇華させるの?!というハードコアな場面が印象的。イヴもフランも「普通」の外側にいるかもしれないが、それは他人が決めた枠であり、そんなものを気にせず自分の道を切り拓いていく姿勢がかっこいい。女性だからといって受身になる必要はなく欲しいものや環境を自分で手に入れようとする姿はヒップホップそのものだと感じた。とにかく読ませる展開の連続でページターナーっぷりが圧倒的なのだが、その中でもハッとするエモーショナルなラインがいくつもあり一部引用。
より大きな真実がおのずとあふれるときには、人は誰もそれを味わえる。一度にすべてを受け容れるには横溢的すぎても、心の準備ができるときまで、心にぴたりと収まるときまで、ずっとその人のそばにとどまってくれる真実というものがある。
達成感を得るための黒魔術。わたしの父はそれをそう呼んでいた。心をむなしさに食い尽くされてしまった人たちは、敵を抹殺することに飢えて、個人的な敵を見つけるのよ。必要に駆られてそういう敵をつくりだすのよ。そうすることで自らのむなしさを埋めようとするのよ。でも、このことで何よりも恐ろしいところは、むなしさを埋めれば埋めるほど飢えが強まることね。
誰かを亡くすことが楽な仕事になることは決してない。記憶の中に沈むたびにあなたは新しい傷を見つけることになる。それは説明することはできなくても、見ることはできなくても、はっきりと感知できる傷よ。人間の苦悩とともにある傷よ。
わたしはあなたの年頃にはよく本を読んだ。あなたの宗教が自分たちの親切なバイブルをでっち上げるために、どれほど多くの福音を捨てたか、本を捨てたか、大砲を捨てたか、読んでわかった。わたしは自分の子宮があったがらんどうを見つめるかわりに読書をしたのよ。
他にも作品があって特にデビュー作の『神は銃弾』はプロットからしてオモシロそうなので次に読んでみたい。
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