2022年2月10日木曜日

わたしはラップをやることに決めた フィメールラッパー批評原論

わたしはラップをやることに決めた フィメールラッパー批評原論/ つやちゃん

 最近よくネットの記事で見る著者のフィメールラッパーに関する原論とのことで読んだ。とても刺激的な内容でオモシロかった。

 冒頭で著者による宣言がなされており、フィメールラップを論じる上で起こりそうなハレーションや反論に対して意識的だった。本著はあくまで音楽を論じることに特化、昨今話題になっているヒップホップにおけるミソジニーなどは迂回、とにかく女性によるかっこいいヒップホップがここにあると強く主張している姿勢がかっこいい。またフィメールで区切る必要性について逡巡している点をしっかり言及していく姿勢もまたかっこいい。

 日本のヒップホップに関する書籍は一次資料つまりはラッパー自身の著書もしくはインタビューがほとんどを占めている。その中で本著は一次資料にあたりながら様々な女性ラッパーに関する著者の見解を示す批評になっている。とにかく見立てのオモシロさが際立っていて洋服やコスメと絡めて語っていくのは著者ならではの切り口で興味深かった。合間に挟まれるコラムが個人的にはかなり勉強になって、特に「新世代ラップミュージックから香る死の気配」は「ぴえん」という病で読んだ内容と合わさってアップカミングなスタイルに関する背景の理解が深まった。

 サウンド面ではなく基本リリック重視での批評も日本のヒップホップでは今まであまり進められていない作業だと思う。(これはフィメールに限った話ではない)またラップという歌唱法、ヒップホップという文化はUS由来なのでどうしても語り口としてUSとの比較が多い中で、別のカルチャーを数珠つなぎしていくスタイルがオモシロかったし知らないことも多くあった。最近のファクト至上主義の中、いわゆる印象由来の批評、アナロジーからの読み解きなどはほとんどないので、こういう書き手の人が増えると批評が圧倒的に不足している日本のヒップホップカルチャーも豊かになるはず。

 COMA-CHIに当時に関するインタビューを掲載し「ミチバタ」「RED NAKED」をここまでフィーチャーする書籍はあとにも先にも出ないと思うと、やはり「フィメールラッパー」というくくりで歴史にくさびを打つという意味で日本のヒップホップの歴史上重要な作業だと思う。一方でAwich、NENE、ちゃんみなといった著者がキーパーソンと考えているフィメールラッパーについて、各アルバムのレビューが他と比べてボリューミーにはなっているものの肝心のインタビューがないのが少し残念…(もしかするとDr.ハインリッヒのThe Wに対するマインドセットのようなもので「フィメール」というくくりに抵抗があるのかも知れないが)web媒体で良いので彼女たちへの著者によるインタビューは読んでみたい。

 巻末のディスクレビューは「女性がラップしている」という観点で歴史を総浚いしていて圧巻。特に2010年以降くらいのアルバムで「こんなんあるんすか!」というものが多く、ストリーミング時代の今、ディスクレビューは最高の水先案内人なのでゆっくり聴いていきたいと思う。

 本著のアフタートークとして著者と帯コメントも寄せている渡辺志保氏との対談がWebにアップロードされていて、それがかなりスリリングだったので必読。特に氏がここまで築き上げてきたヒップホップに対する思いを清濁合わせて率直に話されている点に驚いた。カルチャーに対するコミットの手法の違いはあれど共闘できる。分断は何も生まないけどユニティは前進できることを痛感した。色んな書き手が色んな切り口で日本のヒップホップ、ラップについて論じることで加速度的に広まりメインカルチャーになってほしい。

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