2026年10月26日月曜日

語るに足る、ささやかな人生

語るに足る、ささやかな人生/駒沢敏器

 『MAKE SOME TRIPS vol.2』で本著が紹介されており「いつか読みたいな〜」と思っていたタイミングでまさかの復刊。バックパックブックス謹製のZINE『SMALL BOOK TALK』と共に読んだ。エッセイでここまで心の深いところまでタッチされる感覚は久しぶりで豊かな読書体験だった。

 本著は、90年代後半に著者がアメリカの「スモールタウン」を車で巡った旅の記録である。元の本は2000年代初頭にリリースされ、本著はその復刊となる。著者曰く「スモールタウン」とは人口がせいぜい3000人程度のアメリカの本流からは遠く離れた小さな街のこと。観光名所でもない、なんてことのない街を次々に訪れて、見たこと、聞いたことを著者ならではのタッチで描き出しているのだが、それがめっぽうオモシロい。

 ここ5、6年で相当数の本を読んできたが、文章のうまさは間違いなくトップクラスだ。端的で読みやすいながらも「ここしかない!」といったクリティカルショットを連発してくるパンチライナー。なおかつ小説や詩を思わせるポエジーも兼ね備えている。文章力のペンタグラムがあれば、限りなくパーフェクトに近い。

 そんな文章で綴られるのは、変哲もない街で暮らす人々の人生であり、それが本著の最大の魅力である。同じ街を訪れ、同じように取材できたとしても、こんなふうにはまず書けない。たぐいまれなる文章力があってこそ、平々凡々な人生を豊かに切り出し、描き切ることができるのだろう。読んでいると、著者の目を通して、牧歌的で包容力のあるアメリカ像を体験できる。読書はタイムスリップ装置の側面があるが、この臨場感は並々ならないものがある。

 そんな著者だが、旅の物語は書こうと思って書けるものではなく、向こうから物語が寄ってくると言う。この一歩引いた目線だからこそ描けるのだろうし、ドライなシーンもあり、ジャーナリストとしての矜持を感じる場面もあった。

 ウィスコンシンで小説家を目指す女の子、ミシシッピで豪邸に1人で住む男性による青いトマトのフライ、廃墟のようなホテルを営む老婆など、印象的なエピソード、人物を挙げ始めるときりがない。インターネットがある今、何もかもわかった気になりがちだが、足を運んで稼ぐ情報の尊さに勝るものはないことを痛感させられる。

 登場人物たちから放たれる言葉や著者の考えは、30年近く経つにも関わらず、まったく古びて聞こえない。なんなら今の時代にこそ刺さるものがたくさんあって、エバーグリーンな魅力を放っている。そんな箇所をいくつか抜粋。

確かに毎日そのものは単調だ。しかしその単調な生き方を支えるための理由が明確にあり、人と人とのつながりが、単調さを帳消しにするような張り合いを与えていた。テレビや映画やその他数多くの娯楽が人から何かを奪い取り、その後に残された空漠とした虚しさのようなものの方が、よほど単調でしかも底のない不気味なものなのではないかと思った。そしてその底なしの心の穴には、暴力や苛立ちが音もなく入りこんでくるのだ。

日々使うための道具でも、屋根の修理でも何でもいい。自分の手でつくったり直したりしながら、その人は本当は「セルフ」に向き合っている。なぜ生きているのか、なぜ生活をしているのか……モノをつくる理由を遠くまで延長していくと、いずれは必ずそこに突き当たるはずだ。あるいは突き当たるようにできているのがアメリカだ。

ルート66も数々のスモールタウンも、非力ながらその存在が重要なのは、そのような人間的な想像を与えてくれ、その想像がすべての人の心のなかで物語として機能するということだ。それは効率性に対する物語性の対抗と言ってもいい。

 巻末には、バックパックブックス店主の宮里さんの解説がついている。2026年から眺めた本著の位置づけが浮かび上がり、締めくくりにふさわしい。というのも、ダイバーシティが進んだ移民大国である現代のアメリカ像とかけ離れていることは否めないからだ。本著に登場するアメリカ人は、ほとんど白人であり、しかも南部を訪れているにも関わらず、アフリカ系アメリカンのエピソードがないことには正直違和感があった。本著のパースペクティブは、アメリカに入植した白人たちが形成した箱庭の中で構築された人生の真理であるからこそ、ハードな現実はある程度取捨選択されている気がした。それゆえに小説のような感触があるのかもしれない。

 とはいえ、本著に登場する人物たちの人生は間違いなく存在したわけで、著者がいなければ、ついぞ出会えなかった魅力的なエピソードの数々は輝きを失うことはない。バックパックブックスが発行している『SMALL BOOK TALK』では、本著の旅をマップで起こした図があって読む際に非常に有用だった。他にも復刊の経緯や著者の背景、本著にまつわる選書など、さらに深掘りできる内容で興味深かった。しかも、二冊とも装丁がユニークなので、間違いなく手元に置いて併読することを大推奨!

Small Book Talk 〜駒沢敏器『語るに足る、ささやかな人生』〜』


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