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| 創造性はどこからやってくるか―天然表現の世界/郡司ペギオ幸夫 |
著者の名前を知ったのは、OGRE YOU ASS HOLEのリリースタイミングのウェブ記事がきっかけだった。それからずっと読みたいと思っていたところでKindleでセールされていたので読んだ。新書とは思えない情報量とパーソナルな内容に驚きつつ、著者が繰り返し提示する「天然表現」という概念があらゆる領域に転用可能な理論で興味深かった。
新書というと一般的な概念を体系立てて解説するイメージがあるが、本著では独特の理論とその実践が記録されている一冊となっている。中身としては、最初に著者が構築した理論の解説があり、その理論を適用した作品批評、さらに実践としての創作という構成になっている。
著者はもともと学者であり、理論を考案することは自身の得意領域だ。前半では存分に、自身の持論を開陳し、その勢いのまま後半はコンフォートゾーンを飛び出し、自らの理論を実践する創作に挑んでいく。その過程がスリリングだった。理論を語るものは創作しないし、理論を語らないものは創作するというイメージを持つが、著者はその壁を乗り越えていく。大谷さながらの二刀流挑戦ドキュメンタリーとして抜群に面白い。
特に興味深いのは、通常であれば、作品が理論の適用対象となるのに対し、本著では理論が先行し、それを体現する作品を後から創作するという逆転現象が起きている点だ。理論ベースの作品は頭でっかちでクリエイティブに欠けるのではないか?とつい思ってしまう。しかし、著者は自身の作品のエッジの鋭さをもって、そんな通説に対して鮮やかにカウンターを決めている。特に実家でのインスタレーション制作は、写真付きの制作日誌とあいまって、現代アートらしい理論ベースの制作プロセスが伝わってきて、読みごたえがあった。
では、そんな理論とは何か?読み終えた今も明確には捉えきれていないものの、一番端的でわかりやすいと思えた部分を引用する。
創造とは外部を召喚することだ。相反する二つの概念を共に受け入れる肯定的矛盾と、共に脱色し否定する否定的矛盾を共立させ、トラウマ構造を開くとき、そこに二つの概念を想定し、両者をどう関係づけるかと思案していたときには思いもよらなかった、その思考の外部が召喚される。それこそが創造であり、絶えず創造するシステム、生命の構えである。
「外部が召喚されることが創造」という主張は直感に反するかもしれない。創作においては、作家の主体性がすべてのように考えがちだが、能動的なアプローチだけではなく、受動的に何かが起こるように能動的に手配しておくことも必要だということだろう。これはPUNPEE(ひいてはRHYMESTERも)がたびたび唱えているヒップホップにおける「事故」の重要性と重なる話で個人的には腑に落ちた。閉鎖系の中では要素が少なく何も起こらないが、開放系にして受け入れることで、予期せぬ何かが生まれる。こういった態度は年を重ねるほど難しくなるからこそ、自戒の意味を込めて開放系でいたいと思う。
最初に理論の話から始まるので取っ付きづらさはあるが、これほど深いアート論が実践と共に語られていることが貴重である。たくさんの金言があったのですが、作家最強論に対するカウンターとして、アナロジー含めて「こんな視点があるのか!」と驚いた。
作品が、作家の描き切ったもので、もはやそれ以上、何もそこに関与する外部がないなら、作品は、どこでも、誰が鑑賞しても、作家が意図した通りのものとなる。ビルに入るための電子入構カードを、誰が使っても同じ機能を果たすように、作品は誰が鑑賞しても同じ理解を立ち上げるものとなる。電子入構カードを誰が作ったのか気にしないように、そのような作品は、誰が制作したかの意味を失う。誰が制作しようがそれを忘れても、作品の理解に影響しない。
作家が何かを完成まで作り切るのではなく「完全な不完全体」として作品を提供した結果、多義的な解釈が生まれて、作品としての完成が初めて日の目をみる。鑑賞者の役割や視点についてここまで深い論考はなかなか読めないから貴重である。書籍や日本語ラップのレビューを書く中で、つい当事者の意図に寄せたくなることがあるわけだが、そこに寄せるばかりでは何も生まれない。鑑賞者という立場だからこそ感じるものを、改めて追い求めていきたいと思った。
『天然知能』という別書籍もある著者ならではの科学に対する視座も興味深かった。AIを中心とした科学への過度な信頼に対して疑問を投げかけつつ、安易にアンチ科学となるわけではなく「芸術ベースの科学」を提案していた。つまり試行錯誤と証拠の積み重ねを前提とする現代科学に対し、思いつきを含めてAIが到達できない「外部」へアクセスすることで、人間の当事者性や尊厳を取り戻せるのではないか?という主張が刺激的だった。
本著を読んで「ペギオ的思考回路」が身についた気がするので、OGRE YOU ASS HOLEも影響を公言している『やってくる』を次に読みたい。興味ある方は、本著のエッセンスが理解できるOGRE YOU ASS HOLEと著者による対談をおすすめしておく。

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