2022年3月5日土曜日

ケアの倫理とエンパワメント

 

ケアの倫理とエンパワメント/小川公代

 「ケア」という言葉を意識したのはブルシットジョブを読んだとき。コロナ禍の今、エッセンシャルワーカーによるケアが話題になっている中で広い意味を含むケアを知りたくて読んでみた。こちらの意図を十分満たす本だったのは当然のこと、優れたブックガイドの側面が強く読んでみたい本が増えた。

 タイトルにある「ケアの倫理」はキャロル・ギリガンというイギリスの社会学者が唱えた言葉で、著者が彼女に影響を受けながらも社会学から文学研究へとシフトしていく話が序章として用意されている。フェミニズムの観点だとケアというより自立した個を目指すべき、という主張が強いと思うけど、その対義の存在となりがちなケアする立場の人について思いを巡らす必要性を説いている。

 知らない言葉がたくさん出てきて、そのどれもが使いたくなる。ネガティブ・ケイパビリティ、クロノス的時間、カイロス的時間、緩衝材に覆われた自己、多孔的な自己など。こういった知らない概念を丁寧に説明してくれながら文学作品を読み解いていくので知的好奇心がとても刺激された。紹介される文学作品の多くは読んだことなかったけど、本著で提供されえう作品の立て付けを前提とすることで「ケア」の概念に関する理解を深めることができるだろう。唯一読んでいた多和田葉子の「献灯使」だけでもその視点の鋭さに唸りまくりだったし、ヴァージニア・ウルフ、三島由紀夫、平野啓一郎など興味あるものの個人的には未読系作家の話がどれも興味深かったのでそれらを読んで本著を再読したい。

 文学を読みながらここまで深くメタファーや社会背景をふまえて理解していく姿勢はすべてが加速していく今の時代に立ち止まって思考することの大事さを教えてもらった。著者が文学に可能性を見出しているラインが好きだったので以下引用。文学によるエンパワメント!

文学は読者のなかに新しい他者性の意識を芽生えさせる驚異的な営為なのだ。

他者の言葉を聴こう、他者の気持ちを理解しようとすることは忍耐力が必要であるという点で、文学の営為にも通じる。物語を創作すること、あるいは読むことは、誰かの経験に裏打ちされた想像世界に向き合い、じっくり考えて耐え抜くプロセスでもある。

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