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| トーフビーツの(難聴)ダイアリー2023/tofubeats |
日記熱が高まったので積読していた本著を読んだ。インタビューを含め自己開示がダサいというムードは、ヒップホップのアーティスト周辺で散見されることだが、ここまで筆力をもって自分の状況や感情を書くことができるミュージシャンであれば、むしろ強力な武器になりうることを証明していた。
2023年の出来事がまるっと1年分収録されている日記ZINE。今回もZINEということもあってか、踏み込んだ内容が多く、ファンとしては嬉しい。2023年当時、まだ社会にはコロナの余波が残っていたことを日記で気付かされるなど、やはり記録しておくことに意味があることを再認識した。東京のシティライフを謳歌する様子と、それに伴うストラグルが並行して描かれており、酸いも甘いもある、人生を象徴するような日記となっていた。
2023年から現在に至るまで飛ぶ鳥落とす勢いで活躍を続けているが、2023年時点でなお、自身の音楽キャリアや築いてきたレガシーについて疑問を抱いている点に彼らしさを感じた。自分の作品を疑う視線は一見ネガティブに映るかもしれない。しかし、それは裏返せば、まだ自分ができることを模索しているとも言える。だからこそ彼は停滞することなく、常にシーンの中でプレゼンスを発揮し続けているのだろう。
tofubeatsのレガシーについて友人と話した際に印象に残っているのは「Lonely Nights」だ。もし、tofubeatsがYOUNG JUJU名義だったKEIJUにオートチューンを提案していなければ、今の彼のスタイルや立場はなかったはずである。だから、日本語ラップヘッズたちはもっとtofubeatsに感謝すべきだ、という持論を勝手に抱いている。そんな「Lonely Nights」を収録した『FANTASY CLUB』に関して言及しているラインにくらった。
手前味噌だがこのアルバムは良い悪いは別として何かを突破しようとしていてその気合いみたいなものはそれなりにきっちり込められたとは思う。せっかくHIPHOPに類する音楽を聴いているのだがら簡単に越えられないものを越えようとする気概みたいなものを感じたい。
もともと難聴をきっかけに日記がスタートしたわけだが、コロナ禍が明け、ライブやDJ活動が本格化していくタイミングで、耳が再度不調をきたしていく様子が描かれる。耳に入ってくる音の総量(ボリューム×時間)で症状が変化する。難聴がここまでデリケートな病であることを初めて知った。ミックスやマスタリング、ライブでのオペレーションなど、音の細部に強いこだわりを持つミュージシャンだからこそ、余計に辛いだろうなと感じた。
合間合間に挟まれる論考も興味深い。たとえば、HIPHOPライブにおける相互客演問題について言及していた。フェスなどでは、客演曲はゲスト込みでやること当然視されており、実際に本人が出てこないと観客は肩透かしを食らった気分になる。勝手に期待され、勝手に失望される構図は確かに不憫だと思う一方で、リスナーとしては「同日出演ならやってほしい」と思ってしまう気持ちも正直ある。
他にはアーティストの言動と楽曲の関係性についての話。言動と音楽を切り分けて「関係ない」という態度を決め込む人もいれば、逆に言動と音楽は不可分で適切な対応が取られなければならないという態度もあるだろう。直近ではKanye Westが最たる例だろう。このどちらかを選びきれない感覚について「選ぶこと」が加速度的に要求されている現代の社会状況を踏まえつつ、自身のDJ論も絡めて実直に語られていた。
SNSではこういった思考の軌跡を追うことは難しい。だからこそ本というスタティックかつ、いい意味で一方的なフォーマットの強度の必要性を感じた。2024年の日記もリリースされることを心待ちにしたい。

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