2026年4月20日月曜日

オートコレクト

オートコレクト/エトガル・ケレット

 エトガル・ケレットの最新作ということで読んだ。新潮クレストからリリースされた『あの素晴らしき七年』でファンになって以来、翻訳されるたびに読んでいる作家だ。この状況でイスラエル作家の小説を読むことに逡巡があったが、国家と個人を同一視する必要はない、そんな当たり前の事実に気づいた瞬間、戦争が思いのほか自分の心に染み込んでいることが怖くなった。それはともかく、アテンションの持続が難しい今の時代にふさわしい形式の小説集だった。

 SFのショートショートを彷彿とさせる極めて短い話が大量に収録されている短編集。 訳者あとがきによれば「フラッシュフィクション」と呼ばれる形式で、彼の得意なスタイルの一つらしい。SNSでちょっとした小話を読むくらいの分量であり、隙間時間に読むのにぴったり。男女関係、テクノロジー、宗教とテーマは多岐にわたるが、著者のシニカルさは通底している。ウェットではなくドライだからこそサクサク読み進められた。

 話が短い分、比喩表現の鮮やかさにふと心を掴まれる。短いからこそ密度が高いのかもしれない。

人は、本当に起きたことをそのとおりに覚えておくのが、どうも苦手らしい。たとえば記憶っていうのは、洗濯表示を無視して何度も洗った服みたいなものだ。色は褪せるし、サイズも縮む。もともとあった懐かしい匂いも、いつのまにか柔軟剤のランの合成香料にすっかり変わってしまっている。

向こうの部屋では、まだ恐怖というものを知らない好奇心旺盛な男の子が、老人みたいないびきをかいて寝ている。人生の木の幹を、のごぎりで削られているとでもいうような音をたてて。

 最もタイムリーに映る話は「犬には犬を」だ。飼い犬をアラブ人のドライバーに轢き殺されたことをきっかけに、ユダヤ人の子どもたちが復讐を企てる。戦争の原初的な衝動にフォーカスしながら、その緊張感とくだらなさの両方が伝わってきた。戦争と子どもの喧嘩を比較はよくあるモチーフだが、「向こうの犬にガソリンかけて火をつける」という具体的な展開があるからこそ、単なるアナロジーの領域に収まらないリアルネスがあった。どちらかが引き金をひいてしまったとき、落とし所はそれぞれが妥協する以外にない。

 コロナ禍を題材にした「外」も印象的だった。ロックダウンされて外出できなくなった後の世界で、外出許可が出ても人々は戸惑う。孤独になることの功罪と、他者との関係を構築していく中で徐々に心が死んでいくことをミニマルに描き切っていてコロナ禍をテーマにした作品を色々読んだ中でも鋭い切れ味だった。SNSを眺めることに疲れている人にこそオススメしたい小説集。

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