秋/アリ・スミス |
タイトルがタイトルなだけに、毎年秋になるたびに読もうと思って早数年、やっと読んだ。正直、秋という季節は大きなファクターではないので、季節にこだわって読む必要はなかった…それはともかく、イギリスのEU離脱という実際の出来事を小説に落とし込みつつ、そこに縛られることなく、時代や場所を軽やかに行き来する著者のスタイルに魅了された。『両方になる』は大きなギミックに気を取られてしまうが、本著では著者のスタイルがより浮き彫りになっている作品だった。
イギリスに住む三十代の女性と100歳オーバーの昏睡状態のおじいさんを軸として、過去現在と縦横無尽に物語が展開する。冒頭、おじいさんが死後の世界を漂うような抽象的な描写から、女性がパスポートの発行に伴う書類手続きを郵便局で行う場面へと展開していくのだが、このギャップに驚く。たゆたうような世界にいたかと思えば、お役所仕事バリバリの官僚主義丸出しの現実へと放り込まれてしまう。物語全体を通じて時間や虚実にギャップのある展開が多く、その差分で物語を駆動させているから、わかりやすいストーリーラインがなくても良いというのは一種の発明な気がする。また、起承転結が明快ではないので、読後に「こういう話だった」という明確な像を結ぶことが難しい。こういった読みにくくなりそうな構成にも関わらず、ページをめくる手は止まらないのは、ひとえに著者の筆致がなせる業といえるだろう。
実在のアートが物語の中心にあるのは『両方になる』から続く著者の特徴だ。主人公の女性が大学のアートに関する非常勤講師という設定なので、物語に無理なく溶け込んでいた。アーティストに対する考察を深めつつ、空想である物語と絡めていくことで、実在感が増していた。その物語自体も、著者が得意なメタ的展開を繰り広げており、二人で物語論を語る場面や物語内物語が頻出する。なかでも「銃を持った男と樹木の衣装を着た人物」をテーマにおじいさんがフリースタイルで語られる話が信じられないくらいオモシロかった。物語の力、ここにあり!と言わんばかり。物語が「嘘の話」という立て付けにされることがあるが、嘘と物語を明確に区別にしている点に作家の矜持を感じた。
私たちはみんな、一つの嘘によって値打ちが下がる。(中略)それとも、私は残念な真実を話した方がいい?
嘘の力はね、とダニエルが言った。いつだって、力を持たない人間にとっては魅力的に見える。
素敵な比喩の数々や多用されるワードプレイに唸りまくった。原著を読めば、もっと発見がありそうだなと思いつつ、翻訳者の方が英語でルビを打ってくれたり、情報を補足してくれているおかげで味わうことができた。たとえばこれとかラッパーっぽい。
あの人が誰なのか、たぶんもはや誰も知らない。当時、歴史だと思っていたものは、今では脚注(フットノート)にすぎない。その注(ノート)にある彼女が今、裸足(ベアフット)であることに彼は気付く。
イギリスのEU離脱が背景にあることから「分断」をめぐる話が多い。もともと本著がリリースされた2016年から「分断」という言葉は、2024年の今に至るまであまりにも多用された結果、形骸化している節もある。もはや「分断」はデフォルトであり、その状況でどう生きていくのか考えなければならない社会となったともいえる。そんな現在、本著を読むとコミュニティの大切さを感じた。つまり、大規模な連帯というより、小規模でも話をすることで互いの疑心暗鬼を解消できるのではないかということだ。大きな派閥同士の「分断」よりも、各人が孤立している「分断」のほうが深刻だと思うから。歳も性別も全く異なる二人が話す様やそれぞれのシチュエーションを知ることで、読み手は融和の可能性を見出すことができるはずだ。とはいえ「そんなに甘くない」と言わんばかりの描写が挟まれることで、現実に引き戻されるのだが…
辛い現実の中でも、移民をめぐる議論は本著でもメインテーマとなっており、わかりやすいストーリーの部分を担っている。特に公共用地が二重に鉄線で囲まれ、その鉄線には電流が流れ、警備員までいる。公共のエリアなのに誰も入れなくなった「分断」の象徴に対して、女性の母親が骨董品、つまり歴史そのもの!をぶつけて打破しようとする、比喩でもなんでもないダイレクトな展開が最高だった。冬、春、夏が残っているので各季節をマラソンしていきたい。
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