哲学の門前/吉川 浩満 |
購読しているブログやcero高城氏のインスタのポストで知って読んだ。タイトルどおり哲学の手前での議論がオモシロかった。めちゃくちゃ読みやすい文章なんだけど内容は骨太なタイプで読んでいて楽しかった。
哲学の本なのか?と言われると難しく、取り止めのない話をきっかけとして思考を展開していくという意味で哲学的なアプローチのエッセイと言えるかと思う。(構成としてもエピソード+論考の二段構えで口語と丁寧語でスイッチしている)このスタイルだからこそ普段私たちが暮らしている中に哲学がある、という話に納得できた。普段は意識せずに色んなことが脳内をフロウしていて整理できないまま流れていくことが多いけど、こうやって立ち止まって「どういうこと?」といろんな角度から眺めてみる作業が重要だと感じた。SNS含めて他人のことばかり気にしている時間が多く、自分の人生、好きなことにコミットしていきたいと思う。
いろんなトピックがあって就活におけるコミュニケーション能力の欺瞞、政治スタンスの右左の分け方に対する考察など興味深い話のつるべ打ちなんだけど、一番うおっと思ったのは以下二つのライン。
私が忘れていたのは、まず、議論は生活(おおげさに人生と言ってもいい)の一部であり、その逆ではないという単純な事実である。議論のテーブルについた者どうしのあいだでは、当然ナガエア議論が成り立ちうる。だが、相手にはそのテーブル自体を拒否する自由があるのだ。相手がつきたくないようなテーブルをわざわざ用意しておいて、どうしてテーブルについてくれないのかと文句を言うのは筋違いであろう。
素人にとって大事なのはむしろ、どんな時に、どんな場合に、どんな仕事を専門家に頼めばよいか知ることではないでしょうか。つまり、専門家と親しい素人になること。
前者は身につまされる話で仕事でもプライベートでもこういう過ちを繰り返して生きているのだけど全然治らない…今回このように言語化されたことで眼前に迫ってきたのでなるべく避けていきたいと思う。後者については、専門家と素人の距離感の話で特に仕事で活用できそうな考え方だと思う。餅は餅屋だなとつくづく思いつつ、自分も何かの餅は持っておきたい。何か答えが用意されているわけではなく思考が広がっていく貴重な読書体験だった。
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