正欲/朝井リョウ |
周りの信頼できる友人たちが読んでいたので読んだ。著者の作品は節目で読んでいて、それは大体いわゆる彼のダークサイドが存分に発揮されたもので、具体的に言えば「桐島、部活辞めるってよ」、「何者」。どちらも心の深いところをグリッとエグってくる作品だと思う。そして本作もこれらと並ぶ著者のダークサイド系の代表作になるだろう作品で相当オモシロかった。
キーワードは「多様性」近年広く社会に浸透しつつあるが、この言葉の暴力性についてひたすら因数分解するような話。今、多様性の話をした場合にそこで否定的な議論が出ることはまずない。なぜなら十把一絡げに雑にまとめるのではなく1人1人の個性を尊重することが重要であり、みんな違ってみんないい時代だから。しかし本作では、個性の尊重というそれこそ十把一絡げな議論で良いのか?と延々と問い詰めてくる。しかも絶対的な社会悪とされているペドフェリアっぽい要素も交えていてギリギリのラインをついてきているので読者の価値観がぐらぐら揺らしてくる。つまり簡単にダメとも言い切れないし、いやいや完全にアウトでしょ!とも言える。「世の中で多様性が喧伝されていますが、それは何をどこまで包含する言葉なんですか?」と読んでいるあいだ、著者に胸ぐら掴まれている感じがした。
本作では正直言って理解が難しい特徴をフィーチャーしてるものの違和感なく読み進められたのは著者が群像劇の名手であるからだろう。複数の人物を異常な解像度で書き分けて、それぞれの立場のディテールにこだわり、どの人物もすぐそこにいそうな実在感を強烈に放っている。そして特定の人物に安易に感情移入させない。常に読者を不安定な状態に置いて思考させてくるのが怖くてオモシロくてクセになる。
マジョリティに身を置きたい、つまり普通でありたいという欲望があるとは限らない。マイノリティが感じる絶望を丁寧に書いている点が好きなところだった。誰しもなんらかの場面でマイノリティになることが必ず存在する。そのときに向けられる憐れみにも似た寛容のふりをした視線、態度には見覚えがある。それを「正欲」という言葉で表現してるのが言い得て妙だと思う。(そしてこの言葉は作品中には登場しないところもニクい)パンチラインだらけでマーカーしまくりだったのだけど、2021年5月の今こそ引用しておきたいラインをここに置いておく。
人間は思考を放棄したときによく「こんなときだからこそ」と言うんだよなと思った。
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