2026年8月24日月曜日

プロレス少女伝説

プロレス少女伝説/井田 真木子

 『1985年のクラッシュギャルズ』の副読本として推奨されていたので読んだ。熱狂を巻き起こした女子プロレスの世界を、アウトサイダーの視点から描いていて興味深かった。

 大宅壮一ノンフィクション賞を受賞したことからもわかるように、本著の魅力はプロレスという熱狂の渦に対して、冷静な視点を保ちながら、その渦中を描いているところにある。序盤では、そもそも女子プロレスが古来の女子相撲を背景としたビジネスとして成立してきたことを紐解いていく。その歴史的背景はまったく知らなかったので勉強になったし、そうした成り立ちの違いゆえに、同じプロレスでも男子と女子では根本的に異なることも、本著を読んで改めて理解できた。

 先日読んだ『1985年のクラッシュギャルズ』では長与千種に関して、どちらかといえば客観的に描かれていたのに対し、著者自身が雑誌で彼女の対談相手を務めていたこともあり、よりインサイドワークに踏み込んでいる。長与千種のプロレスに対する鋭い感度、そして全体を見渡す俯瞰的な視点があったからこそ、観客を巻き込むテクニックに長けていたことが伝わってきた。マス受けを狙ったことをこんなふうに言えるのがかっこいい。

私は、女子プロレスにふりがなを振った人間やと思う。それまでの女子プロレスは、いわば、漢字ばっかりで、古臭くて、読みにくいプロレスだった。読める人にしか、読めなかった。それに、私はふりがなを振ったのよ。だから、どんな人でも、女子プロレスを読めるようになった。私がやったことは、そういうことだと思う

 本著が白眉なのは、実質的な中国残留孤児二世である天田麗文、アメリカからやってきたレスラーのメデューサ・ミシェリー、元柔道家の神取忍といったアウトサイダーから日本の女子プロレスの実像に迫っていく点だ。前述のとおり、相撲の流れを汲むからこそ、村社会的な同調圧力や強烈な徒弟制度など、日本の悪しき伝統が濃縮還元されている環境となっていた。そのおかしな状況を外部からやってきた人々の目を通して浮き彫りにしていく。2026年の今読むと、移民に対する容赦ない対応は息が詰まるようなことばかりだが、今でもこういった気配は社会に存在し、同質性の高い(とされている)日本社会が持つ一種の特徴なのだろうなと思う。

 一番衝撃だったのは、神取忍のパートだった。私が彼女の存在を知ったころにはすでにバラエティ番組の人で、本著を読むまで単に横暴なイメージしかなかった。しかし、その実像はまったく違った。プロレスラーとしての能力の高さはもちろん、プロレスに対する理解度、そしてそれを言語化する能力が圧倒的なのだ。個人的にずっと女子プロレスに乗り切れない気持ちを抱えているのだが、その辺りを神取忍がずばり言語化していた。まさか彼女の論理的な言葉に納得させられるだなんて想像もしなかった。

女子プロレスは、同じ感情を持てる人にはわかるけど、そうじゃない人には、いまひとつ、理解できない部分が多いじゃん。 女子プロレスというのはさ、だから、やる方にとっても、見る方にとっても、けっこう複雑で難しくて……だからこそ、やっぱ、やりがいがあるっての? そういうものなんじゃん

 また、当時は団体に所属するのが当たり前だった中で、フリーとして試合ごとに契約しようとするインディペンデント精神もかっこいい。それは前身の柔道時代から一貫しており、講道館や柔道連盟と距離を置きながら、自らの強さを示して代表に選ばれていったというエピソードもかっこよすぎる。とにかく徹頭徹尾、話がオモシロい。「心を折る」という言葉は今や誰もが使う表現だが、その起源が神取忍だと知ったのも驚きだった。こんなラッパーみたいな格闘家は、もう二度と現れないかもしれない。

ただ、この人は、今まで、一度も、心が折れた音を聞いたことがないなって思ったんだよ。だから、こんな危なっかしい、嫌なことをするんだなって。だからさ、心を折ってやろうと思ったんですよ。その音を聞かせてやろうと思ったのよ

肉体のぶつかり合いという圧倒的にフィジカルなスポーツであるにも関わらず、「活字プロレス」という言葉があるように、プロレスは言葉や物語との親和性が高い。人は単純に殴り合う様子を見ることが楽しいわけではなく、通底する因果関係や物語があってこそ楽しめる。そして、それらは言葉によって紡がれる。

そのことについて、天田麗文がプロレス業界で活躍できず悪戦苦闘する姿を通じて描き出すのが鮮やかだ。本人は「言葉を使わない女子プロレス」だと思って入門したのに、長与千種から「プロレスにも言葉が必要だ」と教えられる。このエピソードは本著全体を貫くテーマでもある。

わたしは、言葉ができませんから、言葉を使わない女子プロレスに入ろうと思いましたんですね。でも、プロレスにも、やはり言葉が必要だって、チコさんは言います。わたしは、びっくりした。プロレスには、言葉なんかいらないと思ったから、プロレスラーになろうと思ったのにね。やはり、プロレスにも言葉がいるのだそうです。  わたしは、どうしましょう、と思いました

 今はRIZIN、UFCなど総合格闘技にどうしても惹かれてしまうが、プロレスに関して書かれた本は何を読んでも面白いから、プロレスも少しでも見ていきたいなと思えた。

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